( 2010.10.10 )

 


 史上最大規模を誇る上海万博も残りわずかとなった。 各国パビリオンに勤める外国人スタッフにとっては、万博はすでに長き戦いと化している。 不正行為、スリ、落書き、公共物の破損、日常となった 「突発事件」 などに、外国人スタッフは戸惑い、東方中国に抱いた憧れや好感はいつのまにか失望へと変わってしまった。

 「上海万博:中国人の面目 丸つぶれ」 と題する一篇の記事は、そんな 「突発事件」 に迫ってまとめられている。 人気大衆紙・南方週末の陳鳴記者によるこの長編記事は、外国人スタッフの目に映った様々なマナー違反や非常識の出来事をつづっている。

 一方、ブログ作家・楊恒均氏は、この記事を読んだ後、わざわざ上海万博に足を運んだ。 彼もまたチケット販売者から上海万博の数々のカラクリや内幕を聞き出し、参観者のマナー違反を増幅させたのは、誇張した宣伝や歪んだ主旨だと指摘した。 「中国人はそんなにマナー意識が低いだろうか? 5時間並ぶ長蛇の列、倒れる人もいる。 疲れの限界に達した人は、気が狂ってしまうものだ」 「中国人はマナー意識が低いというより、良い行動はまず望めないような状況に来館者を陥れた主催者のやり方が問題だ」 と楊氏は嘆いた。






 万博に行く前に、2つの言葉を聞いたことがある。 1つは、 「万博には、行ったことはないが、行くつもりもない」 という友人らの言葉。 もう1つは、 「万博に行かないと後悔するが、行くとさらに後悔する」 というタクシーの運転手の言葉。

 好奇心に駆られ、余計に行きたくなった。 平日の昼の入場券を買った。 その時間帯は人が少ないと、だれかに教えてもらったからだ。 同行したのは、記者をやっている王君とその彼女。

 この2人は、無料の招待券を持っていた。 私の分も1枚あったようだったが、いつものように断わった。 実は上海に来てから、少なくとも6人の友人から無料券をもらう機会があったが、すべて断ってきた。 自分で160元( 約2000円 )もする入場券を買わないと、普通の参観者の気持ちは到底わからないと思ったからだ。



 30分待たされ、安全検査を済ませ、やっと園内に入った。 1人の若者が近づいて来た。 「予約券」 を買わないかと。 売っているのは中国館に入るための予約券であった。 毎朝、入口で無料で配られるはずのこの予約券は、昼を過ぎると150元に変身する。 これがなければ、待ち時間3時間の列に並ぶ資格すらない。 「不便な状況や不公平がまかり通るところには、必ずルール破りのヤツが助けに来るのだ。 金さえ用意すればよい」。 これこそ中国人の 「知恵」 であり、覚えておくと便利。

 私はこの若者を自分の隣に座らせた。 彼こそ正に私が探している人間だと直感したからだ。 その後、王君たちに奇跡と呼ばれるほど不思議なことが起こった。 20分間彼と話し合った後、彼は私たちに場内を案内すると言い出した。

 彼は、いくつかの小規模で興味深いパビリオンを紹介してくれた。 人気パビリオンに関しては、彼は中のスタッフに電話し、なんと私たちは並ばずに裏ゲートから入ることができたのだ。

 午後7時過ぎにこの親切な 「ガイド」 と別れた。 別れ際に彼はマカオ館の予約券を何枚か取り出して私にくれた。

 「彼にいくら払ったんですか」 と呆気にとられた王君は聞いた。

 「お金なんか払ってないよ。 彼からもらった予約券もすべてタダ。 おまけに、万博の裏話も聞けた。 知ってる? アフリカ館で展示されている 『アフリカ手芸品』 は、実はアフリカからではなく、上海豫園と城隍廟から卸売りしてきたものなんだって ……」

 私の話は王君に断ち切られた。 事実は、記者としての彼の想像力を遥かに超えてしまったかのようだった。

 「本当に不思議です。 魔法でも使ったのですか」 と王君は困惑した様子で聞いた。 「あの若者と最初に会った時の20分間、何の話をしたんですか? その後はずっと何の話をしましたか?」



 この若い 「ガイド」 は、実は万博の従業員だった。 彼は昨年、南方の某大学を卒業し万博局に採用された。 今年の4月から、万博会場で安全検査と保安の仕事を始めた。 当初は、万博で働くことをとても光栄に思ったが、しばらくすると、ここは 「光栄」 でも 「偉大」 でもないことに気づいた。 多くの従業員は、参観者が並ばなくて済むような便宜を図ることで、金儲けをしていた。 サウジアラビア館のセキュリティ担当は、この方法で十数万元( 約百数十万円 )を儲けたという。 ピーク時には 「特権入場」 の 「入場料」 は1人1000元( 約1万2千円 )に上った。 このセキュリティ担当は、後に告発され解雇されたという。

 このような解雇は時々起きているという。 実は私は彼に 「若いのになぜここでこんなことをしているの? 警察に捕まったら解雇されることになるだろう。 もう少しリスクの少ない仕事はないの」 と声を掛けただけだった。 お金をだまし取ろうとする自分の身の安全を案じてくれた人に出会え、彼は感激し案内役を買って出たのだ。

 彼が売っていた予約券は、入口のスタッフからもらったもの。 昼頃からの入口での配布が終了してから園内で販売し、売り上げは最後に皆で山分けする仕組み。 本当はタダの予約券を高値で売ることに、良心が咎められることもあるが、周りが皆やっているので、自分もなかなかやめられないと彼は話した。 はるばる地方から来た人が、列に並ぶ資格をお金で買えたときの喜ぶ姿を見ると、時々自分は立派な仕事をしているという錯覚に陥ることさえあるらしい。

 「こんなにたくさんの来場者は、すでに万博会場の容量を超えている。 それでも国を挙げて大々的に宣伝するのは不思議だ」

 ここがまさにミソ。 入場券の販売、招待券の発行で多くの参観者を呼び寄せ、タダで受けられるはずのサービスをお金を出してやっと受けられるようにする。 主催者こそが、最悪の 「ダフ屋」 なのだ。



 万博を実際に体験してみて、中国人のマナー意識はそれほど低いとは感じなかった。 食べ物の値段は決して高くない。 スタッフも勤勉に働いている。 酷暑の中で3時間も人々は根気よく並び、熱中症で倒れる人さえいる。

 なら、何が悪いのだろうか。 万博は1つの展覧会に過ぎない。 展覧会として扱われていれば、中国人のマナー問題もここまで特記されることはなかっただろう。 しかし、主催者はこの展覧会を政治の道具とし、国家の尊厳や民族の飛躍の象徴として仕立てようとしたのだ。

 主催者が目を向けているのは国であり、世界であり、宇宙である。 一方、権利も保障された生活もない庶民は、万博の顧客なのである。 「人間本位」 と唱えた万博は実はその反対。 「万博本位」 となっており、政府は、万博が中国の地位を高めたと称え、中国人が万博の品位を損ねたと批判する。

 上海万博は、中国と世界が出会う舞台だと言われる。 世界はどのような中国を見たのか。 また中国はどのような世界を見たのだろうか。 中国館のなかのマカオ館に入った。 そこには、マカオ特区長官と北京の指導者が会談している映像や、おいしい食べ物、きれいな海と高層ビルの映像が流れていた。 しかし、マカオのシンボルとも言うべき 「カジノ」 が紹介されていない。 カジノ抜きのマカオ館は架空のマカオに過ぎないのではないだろうか。

 万博に来た人々のマナー意識がどの程度のものなのかは、半日の参観だけでは分からない。 私が分かるのは、もし、私が地方からはるばるやってきて、多くの人が招待券で入場しているのを知りながら、自分でチケットを買って入場するしかないなら、もし、やっとのことで入場して自分を待っていたのは先が見えない長蛇の列だったら、もし、長蛇の列に並ぶ資格さえないなら、 …… きっと私も列なんかに並ばずに入館できる方法を考えたに違いない。 私も車椅子の世話になろうと考えたかもしれない。 マナー意識が欠如していたり、人間としての尊厳がないというわけではない。 良い行動に出ることが難しい状況に来館者を陥れた主催者側のやり方が問題なのだ。





 2ヶ月前、アナスタシアさんは上海万博に期待をふくらませていた。 しかし今、その期待は完全にしぼんでしまった。

 彼女が働くベラルーシ館内では、参観者たちは大声で騒ぎ、電話に出るのも傍若無人。 白人を見かけると当たり前のようにシャッターを押す。 「時には、突然テーブルを叩き、私たちを指差して呼びつけます。 『おーい! おーい! おーい!』 と。 一緒に写真を撮りたいのは分かりますが、動物園のゴリラにでもなったような感じです」 と、アナスタシアさんはがっかりした口調で話した。 そして、一番ショックだった出来事は、ある中国人のおばあさんが施設の真ん中で、孫に排便させたことだったという。

 目の前の出来事に唖然としたのはアナスタシアさんだけではない。

 キューバ館スタッフのシェラさんも頭を悩ました1人。 館の一区画の壁にメッセージスペースを設けたことが 「誤り」 の始まりだった。 メッセージスペースは、瞬く間に広がり、2日もしないうちに、壁全体が埋め尽くされた。 シェラさんのいるスタッフ室も難から免れることなく、ガラスの扉のには、 「〇〇がここを訪れた」 「〇〇愛している」 と書き込まれてしまった。 拭き取っても、拭き取っても、書き込まれるメッセージの大群に、シェラさん達はあきらめた。 最初の 「甘い」 企画を 「落書き禁止」 との 「固い」 言葉で止めるしかなかった。



 エジプト館のスタッフを務めるタハニーさんは同僚と入れ替わるため、カイロから上海へ飛んできた。 着任後まもなく、前任の館長から 「館内の彫像をしっかり保護してください」 と促された。 「アメンホテプ4世の巨像」 や 「ハトホル柱」 など貴重な珍品を含む館内すべての彫像は、千年前の文化財である。

 カイロから運ばれてきたこれらの展示物の大多数には、保護カバーがなかった。 「わが国では、文化財に触れる行為は一種の犯罪だと思われます。 共通の常識なのです」 と、タハニーさんは語る。 エジプト人にとっては当然のことだった。 しかし、まもなく、スタッフたちは、彫像に付きっきりでガードしなければならないことがわかった。 柵で彫像を囲み、2人で1つの彫像を守る。 ある中国人スタッフは、 「エジプト人スタッフが一番速く覚えた中国語は 「ニイホオ」 ( こんにちは )ではなく、 「不要摸」 ( 触れないでください )だ。 毎日呪文のように百回以上は繰り返している」 とエジプトの常識をはずれた現状を説明する。

 チェコ館では、聖ヤン・ネポムツキーの銅像に登る参観者が出たため、ここも結局、エジプト館のように柵を設けることになった。

 バングラデシュ館のスタンプコーナーでは、黒人スタッフは無表情で、ロボットのように 「並んで、並んで、並んで ……」 と繰り返す。



 「熱情」 だけでは説明できない事態も多く発生している。 フランス館のスタッフは、 「最初の数日、グリーン通路から車椅子で入館した参観者が、館内に入った途端、次から次へと立ち上がって歩き出したのを目撃した時は、自分の目を疑った」 と話している。

 障害者と装ってしまえば、20分以内で入館できるほか、もう1人の付き添いも連れ込むことができる。 規則破りは底をつかない。

 「ある日、1人の筋骨たくましい中年男性が車椅子に座って、自分の腕を痛そうに握っていた。 そんな彼は、小児麻痺患者と自称していた」 と、サウジアラビア館で働くボランティアが語った。 また、10歳近くの子供をベビーカーに座り込ませ、グリーン通路を通ろうとする親も後を絶たないという。

 参観者の手だては、少しずつ対策を立てる各国のパビリオンを凌いでいる。 シルバーカードや障害者手帳、ベビーカーなどを駆使し、一家全員が通過できるようにうまく割り当てる。 不正が見破られても、なぜか逆切れされるとスタッフは嘆く。 「彼らは恥ずかしがる様子もなく、かえって私たちを罵り、融通が効かないと非難する」

 混雑で騒がしい万博会場では、許されぬ 「持ち帰り」 も多発していた。

 タイ館の最後のパフォーマンスは3D映画の上映である。 10分間の新奇なる体験に、多くの観客は絶叫し、会場全体は興奮に包まれる。 その感動を家に持ち帰りたいためか、彼らは混乱の中、3Dメガネをこっそり持ち帰っていた。

 ナレーションを担当する者は毎回、映画の上映を終えた後、 「家でこのメガネをかけてテレビを見ても、3D効果は得られません。 メガネの数は減る一方です。 どうか持ち帰らないでください」 と、観客に懇願する。 しかし、情況は改善されなかった。 「館内の3Dメガネは、毎日5~7%減少している。 1回上映する度に、およそ10個のメガネがなくなる。 それでも我々は1日、50数回上映しなければならない」 と、チェコ館の館長は不満をこぼした。

 中国鉄道館の200座席余りある3D映画館では、メガネが持ち帰られたため、100座席余りの客にしか映画を鑑賞することができなくなってしまった。

 メガネより小さいものはなおさら紛失する。 ボヘミア館では、細長い廊下の壁の液晶テレビに取り付ける8Gディスクがすべて抜かれてしまったため、主催者はディスクを離れた場所に設置し、USBケーブルでテレビにつなぐ手段をとらざるをえなかったという。

 さらに果敢な挑戦者もいた。 6月27日午後、ボヘミア館を訪れた2人の参観者が密封されたガラスケースから宝石がちりばめられたネックレスを盗み出すことに成功したのだ。 どのようにガラスケースから取り出したのかは不明だが、幸いなことに、盗みに気づいた別の参観者が、主催者に通報したことでネックレスの盗難は免れた。



 上海万博では、各国のパビリオンは人気がある館と人気がない館に分かれるが、ほぼすべての館で均等に人気を集めている企画がある。 その企画とは、1967年モントリオール万博から始まったスタンプラリーである。

 6部屋しかないウルグアイ館では、3部屋がスタンプ専用に使われている。 タイ館では、銅製・木製・ゴム製のスタンプが次々と壊されていく。 デンマーク館では、参観者がスタンプのため従業員と衝突し、その様子を映写した動画がネットに流れた。 アイルランド館では、1人の参観者が数十冊の台紙にスタンプを強要したところ断られ、なんとスタンプごと奪い取り自分で押し始めたという。 「万博のテーマソングに 『パンパンパン』 とスタンプの効果音を入れればよかったのに」 とチュニジア館のスタッフが苦笑する。

 ノルウェー館のスタッフは上海テレビの取材に、 「私達のパビリオンを見ようともせず、スタンプのためだけに来ている」 と涙に声を詰まらせながら語った。 ベラルーシ館は、スタンプラリーへの参加を中止、 「スタンプはありません」 との張り紙を入り口に掲示した。

 タイ館で働くサランパットさんによると、スタンプコレクターと従業員が頻繁に衝突したため、スタンプを参加者自身に押してもらうようにしたが、これが原因でさらに混乱が生じることとなった。 コレクター同士のケンカが相次いで起こり、3日後にはスタンプそのものが盗まれ、タイ館もやっと平和を取り戻したという。

 「タイ館は先端技術を取り入れているのに、たくさんの中国人がスタンプだけ押して、急いで出口を探していました」 とサランパットさんは困惑した様子で語った。 一方、中国人も自国の民に閉口しているようだ。 「上海万博は中国人にとってまるで異国風情漂う遊園地なのだ。 ここに来る人々は 『遊び』 に来たのであって、展示されている先端技術を見に来たのではない。 関心もないだろう」 と上海現地の記者はコメントしている。



 ハイテクに無関心な中国人がこれほど 「スタンプ」 に情熱を注ぐのは、 「スタンプ文化」 ならぬ 「はんこ文化」 が元々中国社会に深く根付いた文化だからだろうか。 許可や認可を受ける度に、いくつもの 「はんこ」 をもらわなければならない。 ベラルーシ館では小さなカートを館内に入れるため、10コ以上のはんこを様々な部署からもらい、やっと許可されたという。 事務ではなく、まるでスタンプラリーだ。 「おかしな社会体系です。 仕事を許可する人を探すことが仕事のようです」 とスタッフは閉口している様子を隠せなかった。



 不快な出来事が毎日のように起きても、来場者の情熱が冷めることはない。 万博開催以降、来場者の数は、開会当初の1日20万人から現在の45万人へと増加している。

 開会当初、人気を集めたサウジアラビア館は、5時間の待ち時間となった。 長蛇の列のなか、すわり込む人や、その場で用を済ませる子供、トランプに興じる人など、目に余る行為が見られた。 苛立ちの空気が張りつめる。 上海の夏の熱気が追い打ちをかけ、ドイツ館の場外では、待ちくたびれた来場者の苛立ちが頂点に達し、 「ナチスだ、ナチスだ」 と叫ぶ事件も起きた。 ドイツ館はその後、警備担当者を急遽増やしたという。

 しかし、マナー違反の数々をすべて来場者のせいにするのは不公平だと、江蘇省から遊びに来た顧暁芳さんは語る。 「広い場内をクネクネした柵で仕切れば長い列は作れるが、人々の忍耐と体力には限界がある」 と来場者を擁護。

 主催者側の管理の問題はほかでも指摘された。 ボランティアの蔡雯俊さんは、万博文化センターの6階に複数のレストランがあるのに、レストランの予約電話番号はどこにも見つからない。 「われわれ関係者でさえ連絡が取れないのに、ましてや一般の来場者はなおさらです。 人々が苛立つのも当然です」 と蔡さんは来場者に同情する。

 日に日に増える来場者のため、万博会場近辺の関連公共施設もパンクしそうだ。 万博前のバス停は常に黒山の人だかり。 多くの来場者は別の通りの別の駅で下車し、さらに歩いて会場に行くしかないという。

 万博の来場者数に関して、万博側の発表によると、6月4日~5日の2日間だけで、予約団体数は9152団体、予約来場者は35万3500人に達したという。 また、万博チケットセンターによると、5月末までに販売された3771万2千枚のチケットのうち、3分の1は団体チケット。 その団体チケットの大部分が企業の福利厚生の一環として購入されたという。 結局、上海万博に足を運ぶ多くの来場者は、企業の従業員で、彼らにしてみれば、上海万博へ行くことは一種の 「仕事」 と見なされているようだ。 実際、重慶市にある企業の女性社員は、人ごみが苦手ということで万博ツアーに参加しなかった結果、会社側に1500元( 約1万8千円 )の罰金を科せられたという。



 万博で目立つのは人だかりだけではない。 アメリカ館近くの吉野家やヨーロッパ館周辺のケンタッキー、万博の園内のバス停など、いたる所でケンカに遭遇する。 込み合う中で人々がぶつかったり、押しあったりすることが火種のようだ。 大人も遠足に出かけたかのように興奮し、気分が高ぶっており、一触即発の状態に置かれている。

 多くの人は地方から遥々上海まで足を運んでいる。 一刻も早く万博会場に入りたいという気持ちは山々だ。 しかし、朝から何時間もかけてようやく会場に入っても、そこにはさらに、体力と忍耐力の限界を試すような、がまん大会が待っている。



 さらに運悪く、雨に見舞われるとなると、傘から滑り落ちた水滴が原因で、延々と続く口論となる。 筆者は、6月27日の朝7時から、入場まで2時間30分待たされたが、その間、周りのケンカは一度も止まらなかった。 ケンカの仲介に入った香港から来た2人は、 「毎日たくさんの人が並ぶことが分かっているのに、なぜ入場時間を繰り上げないのか? 上海ではこの時期によく雨が降ることも知っているのに、なぜ雨除けのテントを多くセットしないのか?」 と主催者に疑問を投げかけた。

 一方、遊びに来た顧さんは同僚たちといくつかの人気パビリオンを回った後、歩道橋の横に座り込んでトランプを始めた。 「正直いうと、ハイテクなんて見ても分からないし、万博ってこんなもんとわかればいいんだ。 万博よりも遊園地のほうが楽しいかも」 とこぼした。

 上海のあるメディアは、 「40年前に開催された日本の大阪万博では、約半分の日本国民が会場に足を運んだ。 当時の入場者数は6千万人を突破した。 大阪万博の成功は、日本の現代化到来のシンボルである、と高く評価された。 しかし、上海万博の評価は低い。 本来は国民全体にとっての科学技術の盛典であるべきものが、単なる観光の催し物になってしまった」 と評している。

 6月26日夕方、ベラルーシ館の隅っこに疲れ切ったアナスタシアさんがいた。 「中国は30年間封鎖された時期があって、人々の価値観が一度覆されて再び建て直されたことは、旧ソ連時代の我々と同じです」。 そう話す彼女は心の中で葛藤しながら、同じ歴史を生きる中国人を理解しようとしている。 万博に来てから中国人嫌いになった友人たちに対して、彼女は、 「上海と北京だけでは、中国に行ったことにはなりません。 中国にはまだまだ裕福からほど遠い所がたくさんあり、悪い人もいれば良い人もいます。 心のゆとりのなさは、時には、生活のゆとりのなさから来ているのかもしれません」 と諭している。





( 2010.05.30 )

 


 2010年5月29日、香港紙・文匯報は記事 「万博会場で院士が説いた国民の民度 = 中国人はプライドを持て」 を掲載した。 以下はその抄訳。

 上海万博で最も懸念されていることは何か? それは国民のマナー、民度の問題だ。 先日は車いすに乗った 「ニセ身障者」 による優先ゲート利用が発覚し話題となった。 28日、中国の著名な教育者である中国科学院の楊福家ヤン・ジャーフー院士は万博会場で 「国民の民度―万博最大の展示品」 と題した講演を行い、悪習を改めるよう呼びかけた。

 中国人の民度が問題となるのは万博だけではない。 経済的には豊かになった中国人だが、今やさまざまな 「恥」 をも生み出している。 先日、米国のある大学では十数人もの中国人学生が退学処分を受けた。 理由はカンニングだ。 英国のある銀行は中国人向けのクレジットカード発行を拒否している。 一部の学生が使うだけ使って返済しないからだ。 楊院士は 「こうした事件には万博スタッフが入場客に向かって叫んでいるのと同じことが言えます。 『もう中国人のメンツを潰さないでくれ!』 とね」 とコメントした。

 ではなぜ中国の民度は低いのか。 経済力がまだ足りないからだろうか。 楊院士は米イェール大学は1828年に 「卒業生の品位が社会の各階層に知識の光を与えられるように」 という理念を打ち立てたことを紹介した。 当時の米国経済の水準は今の中国には遠く及ばない。 しかしそれでもこうした教育理念を打ち出せたのは、米国の社会と文化の影響だと指摘した。

 楊院士は 「ヨーロッパ人や日本人は列に並ぶと本を読んでゆっくりと待つのが習慣です。 中国人はいつそういうことができるようになるでしょうか」 と話した。 かつて温家宝ウェン・ジアバオ首相は 「読書は個人の修養と限界を決めると同時に、民族の民度と力をも決定し、国家の未来と運命をも左右する」 と発言した。 列に並ぶ時の読書。 そうした小さな事柄が他国との差を作り出している。 この差を埋めるために中国は努力しなければならないと楊院士は強調した。





( 2010.09.30 )

  


 掲載できないでいた上海万博に関する1本の記事とブログライターの上海万博体験記が、最近、中国のネット上で話題になった。 その中で触れられている中共政権下にある中国人のマナー意識が、ネットユーザーらの間で熱く論じられている。

 人気大衆紙 「南方週末」 の陳鳴・記者が 「上海万博:中国人の面目、丸つぶれ」 という記事を書いたが、南方週末に掲載されたバージョンは、元の記事の跡形もなかった。 同記者はその後、元のバージョンを自分のブログで公開することにした。 記事は、各国のパビリオンでの泣くに泣けず笑うに笑えない来場者の様々なマナー違反をつづったものである。

 その一例として、 「上海万博のパビリオンの中では、中国人が大小便をしたり、展示品を万引きしたり、外国人の係員を侮辱し罵ったりするなどのことが、しょっちゅう発生している」 と書かれている。 各国パビリオンの係員が記者の取材に応じた際、中国人のマナーに対してすでに 「飽きれ切っており、不満も募っている」 とこぼし、中国人の来館者に対して嫌悪感を抱く者もいた。

 この記事をきっかけに、ネットでは中国人のマナー意識についての討論が繰り広げられている。

 広報関係の仕事をしているネットユーザーの高明さんは、次のようにコメントしている。

 「これらのことは、中国人のマナー意識の問題ではあるが、主催者側もその責任から逃れることはできない。 なぜなら、極限の状況下で起きたことだからだ。 たとえば、ある子供がパビリオンの中で大小便をするのは無論いけないことだが、この子供にしてみれば、3、4時間も列を作って待っていたし、その近くにトイレがないので、そこで用を足すより仕方がない。 主催者側の責任を問うべきだと感じる。 主催者側は入場者を呼び寄せる点では、かなりの成功を収めたが、上海万博の展示館が一度に受け入れられる参観者の数を考慮すれば、行き過ぎだったのではないだろうか」

 ネットライターとして知られる楊恒均氏は、この記事を読んだ後、わざわざ上海万博に足を運び、一人の参観者として現地観察を行った。 そして、自分のブログで 「上海万博体験記:中国人の低いマナー意識が上海万博の恥となるか」 と題する文章を掲載し、中国人のマナー意識はそれほど低くないが、もろもろの問題が万博では拡大されやすいという見解を示している。

 「( 責められるべきは )万博参観者などの中国国民を騙している人々の方で、とりわけ主催者たちだ。 なぜ人々は必死に上海万博を見ようとするのだろうか。 それは主催者たちが詐欺の宣伝をしたからだ。 国を挙げてイベントを宣伝し、国を挙げて国民を騙している。 万博はそもそもごく普通の展示でしかないのに、政治化し、一般的なものを巨大で異常なものにでっち上げ、国家の尊厳と一体化させ、国家の強盛と結びつけなければならないのだ」

 楊氏は、アジア自由放送のインタビューに応じて、次のようにコメントしている。 「上海万博の環境が整わず、その主旨が歪んでいるため、入場には尊厳がなく一種の挫折感を感じさせられる。 普通の参観者は長い列を作って入場を待つが、官員たちはグリーン通路をスッと通って行く」

 楊氏のブログは掲載されてまもなくブロックされてしまったが、掲載中にすでにかなりのネットユーザーを引きつけたため、熱い議論を引き起こしている。

 このことに関して、 「クマおばさん」 と名乗るユーザーがネットで中国人のマナー意識について、 「万博奇観=誰が中国人に恥をかかせるのか」 という評論を発表し、次のように語っている。 「ある社会の文明度を評価する指標として、国民のマナー意識向上によるばかりでなく、政府が国民を尊敬することも不可欠な要素という認識を確立させるべきだ。 この意味では、今の上海万博は中国における文明の向上を促進する上で、何の役割も果たしていないと言ってよい」





( 2010.05.21 )

  

 朝9時の万博パークは 「皆さん、押さないでください、走らないでください」 の叫び声で一日の始まりを迎える。 開幕から3週間が経つ上海万博が、あらたな問題に直面。 万博の混乱した管理・運営体制に耐えられず、チェコ館が、万博監督指導委員会に苦情を申し立てたうえ、指摘した問題点が改善されない場合、今月中にも閉館する可能性を示唆したという。

 チェコ館のスポークスマンによると、代表のパベル・アントニーン・ステフリーク氏は7日、万博管理の5つの問題点をメールで指摘し、改善を求めた。 メールは非公開とされたが、インターネット上で後日、同氏のメールとされるものが 「流出」 し、注目を集めている。

 「流出」 メールが指摘した5つの問題点は、 ▼スタッフ専用の通用口がないため、スタッフも数時間並ばなければならない ▼チェコ館に勤める30名のチェコ人スタッフのうち、万博全期間にわたっての滞在ビザが下りたのは2名のみ ▼招待されたVIPも、一般来場者と同じく並ばなければならない ▼運送会社が指定されたため、備品の輸送や補充がスムーズにできていない ▼水道管トラブルなどの緊急時の対応の悪さ、などである。 文面には 「受け入れられない」、 「でたらめだ」 などの痛烈な批判が随所に見られたという。

 ステフリーク氏は改善策も提言したものの、7日から2週間経った今でも、完全には解決されていない。 特に28名のスタッフのビザ問題が今月末のビザ満期前に解決されないと、チェコ館は上海万博から撤退することになりかねないという。

 万博の混乱管理体制に不満を示したのはチェコ館だけではない。 5千万ユーロを投じて製作したドイツのパビリオンも挫折している。 万博の失態について報道したドイツ紙 『南ドイツ新聞』 によると、 「押し合いや競り合いなどの騒動が多発」、 数時間並んだ来場者が強行突破しようとする場面も発生し、苛立ちが高ぶった来場者から 「ナチスだ、ナチスだ」 との無礼な叫び声も。 この混乱ぶりにドイツ館は万博サイドに抗議し、保安員の増員を要求したと同紙が伝えた。

 この他にも、イギリス館は一度混乱で閉館に追い込まれ、スイス館でも行列中の競り合いなどのトラブルが多発したという。

 万博の混乱に、国内の参観者も 「行かないのも残念だけど、行ったほうがもっと残念だ」 と嘆いている。 国家の面子をかけた 「面子プロジェクト」 を、 「面子潰しプロジェクトだ」 とネットユーザーが批判している。





( 2010.05.10 )

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 在日中国人はいつも何かと肩身の狭い思いをしている。 15年前に初めて日本に来た時は、お金の価値の違いに驚き、経済的に肩身の狭い思いをした。 その後、中国の大都市が発展しその差も縮まったように見うけられたが、今度は中国人の犯罪が日本で社会問題になり、メディアにも度々取り上げられた。 さらに、毒餃子事件に食品農薬問題、最近では万博のPRソングのパクリ問題をきっかけに、中国のパクリ大国の実態がまたもや取り沙汰される ……。 そのホットな万博と言えば、今や各国のパビリオンの中身よりも中国人のマナーの悪さが世の中の注目の的となっている。 罵り合いや奪い合い、傍若無人の割り込み、中国で育った自分でも目を覆いたくなることばかりだ。

 何も万博だからの割り込みではない。 中国では 「列のある所には割り込みがある」 と言っても過言ではない。 4、5歳の頃に経験した 「割り込まれ事件」 は今でも記憶に新しい。 70年代の中国では肉や魚が貴重で、売店に食料品が入るや否や皆が集まってくる。 ある日、とても新鮮な魚の入荷があったと聞きつけた親は私と兄をお使いに行かせた。 長い列だった。 一番後ろに並んだ私達を尻目に、1人、また1人と列に割り込んでいくのではないか。 割り込まれた人から罵声が上がり、列も乱れ出した。 そんな大人達は大きな魚を次々と買って帰り、やっと私たちの番となった。 「ごめんね、売り切れちゃった」 と店の人の一言にガックリと肩を落とした兄と私は、空っぽのバケツを下げて帰った。 「そんな時に黙って突っ立っている人なんかいるものか」 と親にも怒られてしまった。

 誤解しないでほしい。 私の親は決して特別ひどい親だというのではない。 むしろインテリであり、その店も大学構内の店で、買いに行く人たちも皆大学の先生かその家族だった。 取りに行かないと、取られてしまう。 そんな 「苦い」 経験は誰もが皆持っているのだ。 物が足りない、チャンスがない。 平等なんてそんな甘っちょろいものはない。 誰も自分を守ってくれないのだから、自分でそれを取りに行くしかない。 そんな危機感の中を生きてきた人々は、たとえ平行棒のような高い柵があっても、ヒョイっと乗り越え割り込んで行く。 そして、実際に危機が迫っていない時でも、体に深く根付いてしまった悪い習慣が、思わず顔をだし同じ行動を取らせてしまうのだ。

上海市民交通バトル
信号機は “色付き街灯” と化し、交通ルールを守るヤツなど誰もいない!
“並ぶ” ことなど 100年 経っても理解できないだろう

 日本で生活するには余分なエネルギーはいらない。 地面に書かれた1本の線に従って人々は大人しく並んで行く。 ほしいなら、早く行って並べばいい。 早く並んだ人にはチャンスが保証される。 成熟した高度な社会ならではの暗黙の了解。 平等な社会から生まれた平等な意識、そこから生まれた全員がマナーを守ろうとする自覚。 そして、それはまた少数のマナーを守らない人への牽制となり、社会全体が良性循環する。 中国社会がここまで来るためには、まだまだ遠い道のりを歩まなければならない。

 科学が大好きで、愛知万博をこよなく愛した息子に 「夏休みに上海万博に行く?」 と試しに聞いてみたら 「いやだ」 とあっさり断られてしまった。 「ごちゃごちゃしそうだもん」。 日本育ちの彼はすっかり日本という居心地のいい 「ぬるま湯」 に慣れてしまったようだ。 たまには 「冷水」 にでも浸らせてやりたい気分だ。 「冷水」 や 「氷水」 の厳しさを知らないと 「ぬるま湯」 の幸せにも気づかないからだ。





( 2010.08.24 )

 


 週末に新宿や秋葉原などの繁華街に出かけると、多くの中国人観光客に出会う。 デパートや大手の電気店に入ると、必ず耳にする 「店内はタバコ禁止」 の中国語アナウンス。 多くの店の外には 「中国語OK」 の看板、一歩入ると中国人だとわかる名札を付けた店員が出迎える。 中国人観光客が増えていることはすでに肌で感じとれるようになった。

 そして、多くの中国人観光客が中国に戻った時、カートいっぱいの電気製品やブランドバッグと一緒に、日本で感激したこと、感想などを持ち帰る。 彼らは新聞やインターネットで自らの日本の印象を公開し、日本について考えるきっかけを与えている。 以下は、広東省地方紙・羊城晩報に掲載された 「日本の印象」 という文章の1つである。
 「車内の清潔を保つため、各自ゴミ袋をご用意ください」

 観光バスに乗ったとたんに、ガイドさんの声が車内に響いた。 またか。 乗るたびに言われる言葉だ。 そしてガイドさんの話が続いた。

 「皆さん、お気づきですか。 日本の街頭にはゴミ箱がないんですよ」

 座席に腰を掛けたばかりの同行者たちが一斉に目を外に向けた。 本当だ。 ゴミ箱がない。 どうしてだろう。 日本人はお菓子を食べたり、飲み物を飲んだりしないのか。 なぜゴミがまったく出ないのか。

 「これは日本人の理念ですね」 ガイドさんが答えるかのように話を続けた。 「街自身はゴミを出しません。 それは人間が作り出したものだから、出した人が責任を持って処理しなければなりません。 持ち帰って分類をして回収してもらうのです。 皆さんも車の外で出たゴミはここまで持ち帰り、車の中にある自分のゴミ袋に入れましょう。 それをホテルに戻ってからゴミ箱に捨ててください。 ご協力ありがとうございます」

 「ゴミ箱があった!」ガイドさんの話が終わるや否や、誰かが大きな声で言った。

 「それはゴミ箱ではなく、タバコの吸い殻入れです」 ガイドさんは外を確認もせずにそう話した。
 確かに吸い殻入れだった。 日本では公共スペースでの喫煙が厳しく制限されているため、我慢できないスモーカーたちが 「吸い殻入れ」 と呼ばれる20センチ四方の金属スタンドを囲み、黙々とタバコを吸う光景をよく見かける。 その吸い殻入れは消煙構造となっており、小さな穴が多数開いているが、タバコの吸い殻は入るもののゴミは入らないという優れものだった。さすがだ。

 そういえば、日本のきれいな街頭で専門業者が清掃しているのを見たことがない。 唯一見かけたのは、東京ディズニーランドの中だった。 そこで働く彼らのユニフォームには多くのポケットがあり、その中には各種の道具が揃っている。 洗剤片手に働く彼らの手にかかれば、園内のゴミ箱でさえもピカピカに光るのだ。

 こんな 「伝説」 を聞いたことがある。 東京オリンピックの開幕式の後には、会場に紙くず1つ残っていなかった、と。 それは日本人がすべてゴミを持ち帰ったからだという。

 アジア競技大会はもうじきここ広州で開かれる。我々にもそれができるのだろうか。