江沢民の宮中晩餐会

 平成10年( 1998年 )11月に江沢民、国家主席が来日しましたが、11月26日の 宮中晩餐会では歴史問題に触れ、非礼にも 「日本軍国主義は対外侵略拡張の誤った道を歩んだ」「我々は痛ましい歴史の教訓を永遠にくみ取らなければならない」、などと日本を非難する演説をおこないました。

 しかもホスト役の天皇陛下を初め出席者全員が、ブラック・タイの礼服を着ていたにもかかわらず、江沢民はいわゆる中山服という平服姿で公式晩餐会に出席しました。 その後の外務省での記者会見の席で、江沢民の平服について非礼ではないかとの質問が記者団から出ましたが、それに対する外務省の公式見解は礼服または民族服なので、日本としては非礼とは考えていないという、例によって事なかれ主義、弱腰の答えでした。

 米国を含む外国における公式の晩餐会で、江沢民が中山服を着たのは日本だけでしたが、それについて日本国や皇室を意図的に侮辱したと感じたのは、私だけでしょうか!。

 彼は日本各地で 「 日本人は歴史を学べ 」 などと演説し、日本人の嫌中感を増大させましたが、帰りには抜け目無く日本政府から3千億円の円借款を貰って意気揚々と帰国し、日本には言うべき事を言って来たと述べましたが、以後中国が嫌われる原因になりました。

 こんな国に日本は現在も ODA の経済援助を続けていて、来年度( 平成17年 )には 900億円 の予定をしているのです。





( 2009.06.03 )

  

退


 政治改革に踏み出せない中国共産党が、いつまで強権支配を続けられるのか。

 世界はそんな思いで中国を見つめていよう。

 大学生や市民・労働者らによる民主化への要求運動を、武力で鎮圧した天安門事件から4日で、20年を迎える。

 事件からほどなく、ベルリンの壁が崩れるなど冷戦体制は崩壊した。 中国共産党も早晩、政治改革を迫られると予想されたが、現実はそうならなかった。 逆に中国のめざましい興隆が始まった。

 国内総生産( GDP )は過去20年で20倍近くに拡大し、2007年にドイツを追い抜き、日米に続き世界3位になった。

 貿易総額は23倍に増え、世界3位、貿易黒字額は世界1位である。 外貨準備高は130倍以上に激増し、世界1位になった。

 実力者・鄧小平氏が提唱した改革・開放路線は、先進国からの資本と技術の導入を得ることで、経済大国化に成功した。

 だが、経済発展とともに発生した貧富の格差など様々な社会の矛盾は依然として山積状態だ。

 党・政府は、天安門事件後、大学教員や研究者、公務員の給与アップなど待遇を改善し、知識人を手なずけるのに成功した。

 昨年末、当局に批判的な一部の知識人が、一党支配の廃止など民主化を求めて発表した 「08憲章」 は、約8000人の署名が集まった。 しかし、大規模な反政府運動には発展しなかった。 その理由の一端は、ここにある。

 経済発展の陰で、政治改革の歩みはほとんど見られない。 言論の自由・信教の自由への弾圧、チベット族、ウイグル族への人権侵害はやむことがない。

 国内の民主活動家に対する日常的な監視、弾圧も続いている。

 末端自治組織 「村」 で、住民が村長を選ぶ直接選挙が導入されて20年以上が経過したが、行政組織 「郷・鎮」、 「県・市」、 「省」 へと普通選挙が拡大、実施されるメドは立っていない。

 国会に相当する 「全国人民代表大会」 の代表( 国会議員 )も、共産党が候補者を決めている。

 中国指導部は 「あの時、果断な措置を取らなかったら、今の経済的な繁栄はない」 との論理で、武力鎮圧を正当化している。

 市民に軍が発砲した行為を正当だと強弁し続ける代償として、中国社会は道徳観の衰退を招いた。 20年で腐敗や汚職が、さらにひどくなった現実が、それを雄弁に物語っているのではないか。