中国には 「人民日報は人民を騙し、北京日報は北京市民を騙す」という諺があるが、嘘はメディアだけにかぎらない。 朱鎔基元総理ですら「すべてが嘘。 嘘でないのはペテン師だけ」と嘆いたほどだから、嘘はむしろ伝統文化だという方が正確だ
 なぜ中国人は平気で嘘をつけるのか、そしてなぜ日本人は何度も編されるのか。
 たとえば 中国人には品格と道徳観念がなく、嘘もつけば謝罪もしないし、想像以上に残酷で、言行も乖離して実利的 だが、 「誠」 一筋の日本人は、なかなかその 「詐」 の民族を理解できない。 ことに戦後の日本人は自虐史観で育ったため、中国に振り回され、日中間の齟齬もそこからきているのだ。 なにしろ中国は独裁皇帝と中華思想を生み続けた風土を持つから、国際ルールを守るはずもないし、そのような歴史的伝統があるかぎり、外国と対等には付き合えない。
 一方、日本の風土は天皇制と武士道を育んできた。 物産は豊かで神仏信仰が精神的な支えとなり、名誉と信用を追求する武士道の精神は、戦後もなお受け継がれている。 しかも天皇が日本人の精神的シンボルとなっているので、独裁体制でしか人民を統治できない中国と違い、政権交替は穏やかで、文化的にも寛容性を持っている。
 中国の腐敗と混乱の根源は専制独裁にあり、帝国は何度滅んでも、その風土はなお巨大な帝国を再生させざるを得ない理由がある。
 日本の弱点は政治家、官僚、学者と巨大メディアに自虐史観のマゾヒストが多いことだが、恐れるのはかの無法国家が、それを衝いてきていることだ。 それは外務官僚、ことにチャイナスクールの連中が中国の罠に陥り、利用されていることだけではない。 中国は十三億人民を統治するには世界で覇権を握るしかなく、日本を冊封化する戦略も不可欠だ。
 ではいかにして中国人に本当の日本人を理解させ、独裁のマインドコントロールから解放すればいいのか。 中国人は饒舌にして、抜群の交渉力と政治力を持つものの、政治の話になると「沈黙は金」だ。 そしていかに高潔な人でも友人すら平気で裏切るという、実にほめようのない民族性だが、あの厳しい風土のなかでの悲しい生存本能によるもので、同情せざるを得ない。
 結局は日本に来る留学生に日本の心を教えるとともに、中国の生存に不可欠とされている世界覇権の野望を砕くため、その核兵器を含むハイテク兵器を上回るレーザービームなどなどのハイテク技術を持たなくてはならない。 力しか信じない中国に対しては、それ以外にない。
 中国は歴史、経済だけでなく、あらゆるものにおいてどこまでが真実なのか、神さまでさえ知りようがない。 この詐の文化に対しては 「なぜだ!?」 と、歴史を追って探索し、さらに 「どこまで嘘だらけなのか!?」 を徹底的に探っていく必要がある。

 嘘を1,000回言えば真実となると信じたのは、ナチ北朝鮮韓国、そして中国だけです。





( 2010.04.29 )


 上海万博PRソングの盗作疑惑の一件は、盗作されたとされる岡本真夜さんが楽曲の使用を許諾したことで一段落と思われたが、渦中の中国人作曲家の所属する音楽会社が公式声明を発表し、盗作であることを強く否定した上で、疑惑を指摘してきた人々を 「下心のある人間」 だと罵倒ばとうしたのである。

 2つの楽曲が非常に類似していることは科学的方法によっても検証済みだし、上海万博事務局はPRソングの著作権にトラブルが発生していることを認めている。 同事務局が岡本さんの所属事務所に楽曲の使用許諾を申請したこと自体、問題の楽曲が盗作であることの何よりの証明 であろう。

 つまり、誰の目から見てもそれが盗作であることは明らかだし、盗作という行為は当事者にとっても恥じるべきことであろう。 にもかかわらず、当の疑惑者は露ほどの恥の意識も見せることなく、岡本さんの寛大さに感謝することもなく、むしろ 「盗人たけだけしい」 というべき態度で、 「盗作でない」 と堂々と開き直った のである。

 その並ならぬ 「神経の太さ」 は大半の日本人の度肝を抜くものであろうが、実は 今の中国では、悪事を働いた人が 「悪」 を悪とも思わず、 「恥」 を恥とも感じず、むしろ 開き直って自らを正当化するのが 「国民的流儀」 となっている。

 たとえば、今年の3月に 「夫婦交換パーティー」 を開いたことで起訴された南京市在住の大学助教授は 「おれのやったことは不倫よりも高尚な行為だ」 と自賛し、上海市内の13階マンションが倒壊した一件で被告となった責任者は 「落雷が原因かも」 と強弁した。

 汚職で捕まった政府の高官たちは 「私より多く収賄したやつはいくらでもいるのに、私だけが捕まったのはどういうことだ」 「私は20数年間苦労してやっと市長のいすを手に入れた。 多少収賄して何が悪いか」 ……。 これらの “名セリフ” は中国ネット上の語り草ともなっている。

 それは別に個人に限られたことではない。 中国の政府も同類だ。 中国海軍のヘリコプターが沖縄本島南方海域で海上自衛隊の護衛艦と2度にわたって異常接近した問題で、中国外務省は 「日本側の監視活動に対する必要な防衛措置だ」 と開き直って正当化し、中国国営の国際放送局に至っては、中国海軍による接近行為を 「紳士的風格を示した」 とまで褒めたたえた。 そういえば、「毒ギョーザ事件」 では、一時 「問題は日本側にあるのではないか」 と開き直った のも当の中国政府である。

 とにかく、民間人から政府まで、今の中国では、 「自分たちはちっとも悪くない。 すべては相手が悪いのだ」 といった 「開き直りの精神」 がいたるところで貫徹されている様子である。

 考えてみれば、昔の中国人はそれほど恥知らずの人間たちでもなかった。 友人や親族を密告することや教師を殴り殺すことが 「革命的英雄行為」 だと褒めたたえられた毛沢東の時代から、中国人は徐々に善悪の分別を失っていった。

 さらに、鄧小平の時代、政府が天安門で行った自らの虐殺行為を 「正しい措置」 だと正当化して開き直って以来、自分の過ちを絶対認めない ことが、この国と国民のスタイルとして定着してきた。

 このような国民と政府に対して、日本人はよほど慎重に対処していくべきだし、あまり深く付き合わない方がよいのではないかと思う。 ましてや、





( 2013.04.20 )


 古来、日本には 「清き明き心」 を何よりも大切にする伝統がある。 日本人のDNAにしっかりと息づいた美徳と言ってよいものだ。

 地方へ行くと、道ばたに野菜などの無人販売所が無防備に置かれているのをよく見かけるが、お金を払わずに品物だけを盗んでいく人がいるという話はあまり聞いたことがない。 この無人販売所の存在は、正直を尊ぶ日本人の 「清き明き心」 を象徴するものの一つだ。 評論家の黄文雄氏( 台湾出身 )は、日本人の心性を 「誠・施・和・公・浄」 の5文字で表し、 「誠実で、人に施し、平和を好み、公共心に富み、汚いことを嫌う」 と称揚している。

 国内では当たり前のこの価値観も、残念ながら国外では全く通用しない現実がある。 世界には平気でウソをつく国や、他国の物を自国の物だと言って恥じない国があるのだ。

 例えば韓国がそうだ。 竹島問題は、戦後、韓国が敗戦国日本の弱い立場につけこんで島を不法に奪い、実効支配を始めたことから生じたものだ。 「従軍慰安婦」 問題も、日本をおとしめるために作られた真っ赤なウソ話が元になっている。 拓殖大学教授の呉善花氏( 韓国出身 )は、韓国を 「虚言と虚飾の国」 と形容し、 「ウソつき大国」 だと断罪している。 「どうしてこの民族はこんなに自己中心的なのだろうか」 と嘆いてもいる。

 中国はさらにひどい。 自ら日本領と認めていた尖閣諸島を、70年代に入って突然、自国領だと主張し始めた。 まさに尖閣問題は、中国の利己的な欲望と帝国主義的領土拡張志向の産物なのだ。 日本の領海に入り込み、島に上陸し、日本の巡視船に船を体当たりさせ、飛行機で領空を侵犯する等の無法行為を重ねている。

 「中国の島を日本が盗んだ」 と口汚くののしり、戦後の国際秩序を日本が破壊しているとまで非難する。 反日デモという名の暴動を繰り返し、放火、略奪、暴行、破壊など無法の限りを尽くしたのも記憶に新しい。 公海上の海上自衛隊護衛艦などに射撃管制用レーダーを照射したにもかかわらず、抗議を受けると日本のでっち上げだとうそぶく。 黄文雄氏は、中国の国民性を 「詐・盗・争・私・汚」 の5文字で表し、 「ウソをつき、盗み、人と争い、個人の利益を追い求め、そのためには汚いことも辞さない」 と解説している。

 韓国人や中国人が平然とウソをつくのはなぜか。 工学博士の林思雲氏( 中国出身 )などによれば、韓国や中国では、国家や家族にとって都合の悪いことや不名誉なことは隠すのが正義であり、そのためにウソをつくのは倫理的に正しい行為なのだという。 韓国人や中国人のこの一般的な心性は、日本では全くなじみのない 「避諱ひき」 という儒教上の概念でくくられるのだそうだ。 いやはや、日本人とは真逆の国民性ではないか。

 日本には 「清き明き心」 に通底する謙虚・謙譲・謙遜といった価値観もあり、それが自虐教育の背景の一つにもなっていると思われるが、この心情も 「避諱」 の国には全く通じない。 他人を悪く言うことを慎む日本では、他国の性悪な面を学校で子供たちに教えることを避ける傾向があるが、日本人の美徳は大切にしながらも、世界には日本の価値観が通じない現実があることを正しく教えていく必要がある。

 ウソにまみれた国を相手にするには、それなりのしたたかさと覚悟が不可欠なのだ。





( 2015.02.26 )

 河野洋平よ「右翼政治」発言がどれだけ利用されやすいか分からないか!


 これほどあからさまな歴史修正主義国はあるまい。 中国の王毅外相が23日、国連創設70年を記念する安全保障理事会の討論会で行った演説をみて、その余りに堂々とした事実の歪曲わいきょくぶりにかえって感心した。

 王氏は名指しこそしないものの 「過去の侵略の犯罪を糊塗ことしようとしている国がある」 と日本を批判し、中国の歴史について次のように語ったのである。
「戦後70年間、国連の創設メンバーで、安保理の常任理事国の中国は、常に国連憲章の精神に従い、国連の役割を支え、平和と安定を守ることに尽くしてきた。 今日の開かれた討論会が、反ファシスト戦争勝利と国連創設70年の記念の序幕になることを望む」 ( 25日付読売新聞朝刊 )
 中国の言う反ファシスト戦争とは抗日戦争のことを指すが、これには台湾が異議申し立てをしている。
「抗日戦争の主役は国民党が主導した 『中華民国』 の国軍だったという歴史に向き合うべきだ」
 台湾の国防部報道官はこうクギを刺している。 また、立法院( 国会 )外交・国防委員会の有力者、林郁方氏は今月16日、産経新聞の取材に 「共産党軍が戦ったのは後方と辺境のゲリラ戦だけだ」 と指摘した。

 そもそも、中国は王氏が主張するような国連の創設メンバーではない。 国連が発足したのは1945年10月であり、中華人民共和国の建国はその4年後の49年10月だ。 中国が台湾に代わって国連に加盟するのはさらに20年以上あとの71年10月なのだから、もはや何をか言わんやである。

 ちなみに、国連憲章23条に安保理常任理事国として記されているのはいまだに 中華民国。 中国は手続き上、その権利を継承したとはいえ、何でも自分の手柄にするのは無理がある。

 「人種、性、言語または宗教による差別なくすべての者のために人権および基本的自由を尊重するように助長奨励する」

 国連憲章1条にはこう明記されているが、中国が常にこうした精神に従ってきたと誰が言えるだろうか。 チベット、ウイグル、内モンゴル …… 反証を挙げれば枚挙にいとまがない。 東シナ海や南シナ海で、 「法の支配」 の実現ではなく 「力による現状変更」 を目指しているのはどの国か。

 そんな国が戦後70年の今年、臆面なく正義の味方づらし、国際社会で日本悪玉論を流布する宣伝戦を仕掛けてきているのである。

 「戦後70年間、日本は平和で自由で民主的な国を構築し、近隣諸国、アジア諸国の発展のため支援し、貢献してきた。 こうした日本の歩み、正しい日本の姿を発信していきたい。 オールジャパン態勢で行っていくことが大事だ」

 菅義偉すが・よしひで官房長官は24日の記者会見でこう述べた。 まさにその通りだと納得していたところ、同日に親中派で知られる河野洋平元官房長官が講演で次のようなことを語っていたと知り、頭を抱えた。
「今は保守政治というより、右翼政治のような気がする」
 安倍晋三首相や日本政府に歴史修正主義者というレッテルを貼りたい中国や、欧米の偏向メディアが 「元政府高官で元自民党総裁の河野氏ですらこう言っている」 とお墨付きにして利用しそうなセリフである。

 何を口にしようと言論の自由だが、ホンの少しでも国民の迷惑も考えてもらいたい。




( 2015.04.27 )

 

 「歴史を直視しろ」。 中国の習近平政権は戦後70年を意識し、しきりに日本を牽制けんせいする発言を繰り返している。 それならば、中国の歴史も直視しよう。 1970年代、数百万人ものカンボジア国民を虐殺したポル・ポト政権を “熱烈” 支援していたのはどこだったのか。 「一度も謝罪しない」 で開き直る中国の態度に憤るカンボジアの人々の声を米紙が伝えている。

 中国なくして殺戮なし

 「中国こそ自らの歴史への直視を迫られている」

 米紙ニューヨーク・タイムズが掲げた見出しの記事は、首都プノンペンにある悪名高き 「ツールスレン・ジェノサイド( 虐殺 )博物館」 の場面から始まる。

 同博物館はかつて高校だったが、ポル・ポトが実権を握ったクメール・ルージュ( カンボジア共産党 )支配の 「民主カンプチア」 時代、 「S21政治犯収容所」 となり、約2万人が収容されたとされる。 生き残ったのはたったの8人。 反対する者、疑わしき者は粛清、抹殺する共産主義の恐怖政治を象徴する場所だ。

 そこで案内役を務める男性が必ず見学者に聞く質問がある。 「この中に中国人はいませんか」 と。 その理由を聞いた同紙の記者に男性はこう答えている。
「ポル・ポトの大量殺戮さつりくを可能にしたのは、中国のせいだと説明すると彼らはすぐに怒り出すんだ。 真実ではない。 今は友好国だ。 過去は水に流そう、なんて言い出す」
 カンボジア国民にとっては到底、水に流せる問題ではないだろう。 同国の悪夢ともいわれるクメール・ルージュが中国のサポートなしでは成り立たなかったことは史実として認識されている。 米コーネル大学で中国とアジア太平洋地域の研究を担うアンドリュー・メーサ氏は 「中国の支援がなければ、クメール・ルージュは1週間と持たなかっただろう」 と断じている。


 カンボジアとは “蜜月”

 クメール・ルージュがカンボジアを支配したのは1975年4月~79年12月。 指導者のポル・ポトは 「階級のない完全な共産主義社会」 を目指し、一切の国民の財産を没収。 「反乱の恐れがある」 として特に知識層を敵視し、殺戮の限りを尽くしたホロコーストの時代だ。 犠牲者の正確な数字はいまだ不明だが、同紙は約170万人と伝えるなど、200万人前後が虐殺されたという。 英映画 「キリング・フィールド」 を思い出す人もいるだろう。

 その “狂産” カンボジアに肩入れしていたのが、毛沢東( 76年死亡 )であり、鄧小平の中国だった。

 両国の関係を著書 「戦友」 Brother in Armsに集大成したメーサ氏は 「当時、カンボジアへの外国援助の90%は中国が担っていた」 と語る。 食料や建設資材から戦車、航空機、火器まで送り込み、殺戮の最中でも、中国人エンジニアや軍事顧問はクメール・ルージュの共産党員を訓練していたという。 同国中部には “蜜月” ぶりを象徴する軍用滑走路が残っている。

 大量殺戮への中国の関与を認めるべきだという批判に対し、2010年、当時の駐カンボジア中国大使が 「われわれは食料と農具を送っただけだ」 と突っぱねるなど、責任逃れの抗弁を繰り返している。

 しかし、ベトナムがクメール・ルージュを追討した直後の1979年2月、鄧小平は “懲罰” だとして中越戦争を仕掛けた。 また、山間部に逃亡したクメール・ルージュ残党を中国は支援し続け、ポル・ポトが中国を訪れたり、幹部に中国籍のパスポートを発給していたりしていたのも忘れたのだろうか。


 歴史教科書では無視

 中国政府の歴史健忘症は実際、驚くほど進行しているという。

 同紙によると、中国の高校生向け主要歴史教科書には、クメール・ルージュや中越戦争に関する記述は全くといっていいほどない。 ベトナムとの間で戦争があったことすら知らない若者も少なくなく、共産党の歴史操作は成功していると指摘する。

 「中国政府は非難されそうなことは無視し、都合の良い歴史をプロパガンダにして強調している」 と語り、共産党の恣意しい的な歴史認識をあぶり出そうとしている中国人歴史家もいる。

 記事では、中越戦争に参加した多くの元兵士が現在、恩給も十分に与えられずに困窮状態になるなど、中国政府から無視されている実態にも言及している。

 その一方で、朝鮮戦争については、北朝鮮が仕掛けたという国際社会で共通認識になっている事実を教科書では全く記述せず、 「自国の安全と朝鮮救済のためやむなく参戦し、国際的地位を高めた」 と自画自賛しているというから、厚顔無恥も極まれりだ。

 共産中国建国直後の大躍進政策、文化大革命で、一体どれだけの血が流れたのだろう。 そして天安門事件や今も続くチベット人、ウイグル人への弾圧 ……。

 李克強首相は3月、 「一国の指導者は先人の業績を継承するだけではなく、その罪による責任も負わなければならない」 と述べた。 安倍晋三首相が今年夏に出す戦後70年談話を意識した発言だが、そっくりそのまま返したい。

 「中国は史実を認めないし、謝罪もしない」カンボジア国民の声を聴けば、いびつな中国共産党の歴史認識にまともにつきあう必要はないことがわかる





( 2015.07.17 )


 ここ数年の中国の言動を見ただけでも、中国が 「嘘つき大国」 であるということを日本人は身に染みて感じてきた。 それにもかかわらず、ことを荒げないように日本は努めてきたのではないだろうか。

 中国は5千年の歴史を通じ、嘘で人民を統治してきた国家である。 現王朝を正当化するために、前王朝の歴史は現王朝が( 歪めて )書き正史としてきた。 従って、中国の本当の歴史は正史にはなく、稗史と呼ばれる方にあると言われる

 古来、中国の言動は嘘塗れであり、日本の善意などが通ずるはずもなかった。 端的な一例は、3.3兆円にのぼる日本のODA( 政府開発援助 )が中国の近代化を促進したが、中国からは日本糾弾しか聞こえてこない。




 我々の身近に起きた事象を見ても、中国の主張が矛盾に満ちたものであることが分かる。 しかし、一向に謝罪などしないし、逆に報復などの行為で圧力さえかけてくるのが中国流である。

 最大の関心事である尖閣諸島の領有問題については、くどくどと述べる必要はない。 1910年頃の写真では尖閣諸島の住民が日章旗を高々と掲揚している。

 もっと明白な事実は、福建省の漁民31人が強風で遭難し尖閣諸島の和洋島に漂着したおり、石垣村の人たちが熱心な救助活動で彼らを祖国へ生還させたことに対して、 「駐長崎領事馮冕フウ・ベン」 が 「中華民國九年五月二十日」 の日付で、 「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島」 と明記した感謝状を出している。 1920年のことである。

 その後、日本人が引き上げ、敗戦で米軍に占領されるが、登記簿上は日本人の所有になっている。 こうした現実を力で押し切ろうとしてきたのが中国である。

 鄧小平の改革開放で経済が発展し、石油資源が必要になってくると見るや、海洋法を定めて勝手に自国領に編入する。 2010年9月には尖閣諸島沖で違法操業していた中国漁船が、取り締まりを実施した海上保安庁の巡視船に体当たりする追突事案が発生した。

 中国では自国の海域内で中国漁船が操業していたところ、進路に日本の巡視船が突然現れ接触した。 漁船は魚釣島海域を離れたが、巡視船が追いかけてきて逮捕したというような報道ぶりであったという。 その後は、報復とも思われる民間社員の捕縛などで圧力をかけてきた。

 同時に、領海侵犯を頻繁にするようになり、横暴にたまりかねた石原慎太郎・元都知事が都で購入する動きを示すと、ことを穏便に解決したいとする民主党政権が国有化を決定した。

 こうした日本の動きに対し、中国は漁民などが行き来したことなどを理由に 「古来、中国の領土であった」 と、平然と主張する状況である。

 このほかにも、関心を呼んだ毒餃子問題や危機一髪のレーダー照射問題などがあった。

 2007年12月から2008年1月の間に、中国・天洋食品の冷凍餃子を食べた千葉、兵庫両県の計10人が下痢などの中毒症状を訴えた。 中国での生産過程で毒が混入された疑いがあるという日本の主張に対し、中国は言いがかりと逆に日本を責め立てた( 2年後に同会社の元臨時工員を逮捕し、6年後の2014年に無期懲役の判決を出す )。

 2013年1月には東シナ海で、中国人民解放軍の海軍艦艇が海上自衛艦の護衛艦に射撃管制用レーダーを照射した。 一歩間違えば、交戦に発展しかねない危険極まりない行為である。

 日本側は中国の否定を予測して、公表に当っては詳細なデーターを分析・検証し、事実関係を十分に固めたうえで6日後に公表した。

 中国側はレーダー使用を認めたが、射撃管制用ではなく監視用レーダーであったと主張した。 その後、中国軍の複数の幹部は射撃用レーダーであったことを認めているが、中国国防部( 国防省 )は依然として否定しているといわれる。




 主人が出かけた後、忘れ物を思い出して帰ると、中国人手伝いが貯蔵庫から盗みをやっている現場を見つける。 手伝いは咄嗟に貯蔵庫が空に近いので補給しているところでしたと言う。

 白々しいウソであるが中国人の常套手段で、恥じ入るとか反道徳的などの意識は全くない。 こうした話は聞き飽きるほどある。

 今でも中国指導部や政府が堂々と、国家を挙げてやっていることである。 当初に挙げた尖閣諸島問題をはじめ、例示に暇がない。 こうした逆転の発想というか、相手に罪をなすりつけてなんとも思わないやり方に、日本は致されるだけ致されてきた。

 清朝末期の混沌としていた支那が秩序を取り戻すべく、日本人は惜しげもなく支援した。 多くの留学生や亡命者も受け入れた。 なかでも孫文や蒋介石に日本人は期待した。 あまりの入れ込みで身上をつぶした人もいる。 しかし、2人とも日本を裏切る。

 なかでも、今なお歴史問題として騒がれる南京大虐殺は、蒋介石に端を発している。

 日本人の戦争と異なり、中国式戦争では住民を楯にし、中国兵が戦場の住民を虐殺し、また糧食を挑発して餓死させることがしばしば起きている。 南京戦でも、中国はあえて住民地区を楯として選んだりした。

 新聞記者や大学教師を経て30歳で米国務省に入ったラルフ・タウンゼントは、1931年に上海副領事として中国に赴任する。 翌32年、上海事変( 第1次 )に遭遇、その後福建省副領事となる。

 タウンゼントは 「兵隊の死者はごく少ない。 ほとんどは戦場となった地域の住民である。 しかもほとんどが餓死である。 米粒一つ残らず 『 友軍 』 に奪われるからである」 ( 『 暗黒大陸 中国の真実 』 )と述べる。

 ちなみに、タウンゼントが挙げている例を見ると、1931年5月の江西省と湖南省における( 国民党 )対共産党戦に関する楊将軍の報告では、江西省の戦死は18万60000人であるが、難民の死者210万人、焼失家屋10万棟であり、湖南省では戦死者7万2000人に対し、焼失家屋12万棟となっている。

 また、湖北省知事が行った1932年11月の湖北省における共産党の掠奪報告では、死者35万人、家を失った難民350万人、焼失家屋9万8000棟となっている。

 近代国家の戦争では、戦場での将兵の戦いで勝敗が決まり、死傷者はほとんどが軍人である。 しかし、中国での戦いはおよそ近代戦とは言い難く、兵士が住民を直接間接に巻き込み殺戮することなど、何とも思っていなかった。

 江沢民以下の歴代主席が言挙げする30万人の大虐殺や3000万人の犠牲者というのは、日本軍の手によるというよりも中国兵士が自国民を犠牲にする国民性を離れて考えられないことを示唆している。




 タウンゼントが勤務地で悩まされた一例を見よう。 福清( 福建省福州 )で米国のミッションスクールが持っていた空地を中国人学校に乗っ取られた話である。

 中国人学校の偉い人たちが、 「お宅は空地をお使いなられていないご様子ですので、当方に貸してもらえないでしょうか。 必要となったら無条件で何時でもお返しします」 と頼んできた。 ミッションスクールの校長は同意したが、これが災難の始まりとなる。

 中国側は空地を校庭として使うため、周りに塀を建て始めた。 これは中国では 「所有権を主張する」 ことにつながるので、校長は心配して直ちに抗議する。 しかし、何の効果もなく塀は一日一日高くなっていく。

 地元の警察に頼んでも何もしてくれない。 米国の慈善団体から大きな利益を得ている地域の住民も排外的である。 抗議をよそに塀は完成して堂々と所有権を主張する。 現地解決は不可能となり、福州の米国領事館に持ち込まれる。

 領事館からは 「規定に従って、公明正大な調査を望む」 旨の要望書が何度も提出されるが、塀は手つかずである。 ついに米国政府に連絡して、福建政府へ強硬な要望書が提出される。

 同時期は中米の抗日戦への協力とも重なって話は友好裏に進み、責任者から 「塀は直ちに撤去する」 旨の通達が来る。 しかし、塀は一向に撤去されない。 「いつ撤去するのか」 問い合わせると、 「即刻」 との返事であるが、事態の進展はない。

 こうして領事館は福建政府に、より強硬な要望書を何度も出す。 すると、今度は 「塀はすでに撤去され、完全復元済み」 の書簡が来る。 そこで、現場に出向いてみると、 「全くの手つかず」。 その旨連絡すると、また同じく 「撤去済み。 現場でご確認願いたし」 と手紙が来る。 「それなら」 と出かけるが何の変化もない。

 業を煮やして福建政府に強硬に詰め寄る。 そこでようやく責任者は誤りを認め、空地の写真を添えて 「復元完了」 を通知してきた。 この間に不動産譲渡証明書を何枚も添付した文書を何十枚も提出させられたという。

 写真には 「確かに」 空地が写っていた。 急ぎ駆けつけた校長は、ここで腰を抜かすほど驚く。 その写真は塀に穴を開け、そこから中を撮ったもので、塀は厳然として存在していたからである。

 




 タウンゼントは、米国で見る中国関連本が 「感傷的でお涙頂戴式の本があふれている」 と見ていたので、本当の中国と中国人に関心を持って赴任する。 そして感得したのが、中国人は少しも国際法を尊重しないし、トラブルメーカーということであった。

 彼が勤務した当時の領事は疲労困憊し、病気を理由に福州を去る。 前任者も数年の激務に疲れ、政府の対中政策に無力感を感じ辞職していた。 タウンゼントは 「優秀でありながら、中国人に振り回され、半狂乱になった人の例は枚挙に暇がない」 と書く。 本人も福州から帰米して3年そこそこで外交官を辞職する。

 「世界の人口の5分の1を占める中国人の頑固さを和らげようとした人は多い。 ( 中略 )しかし、中国人の誰もが舶来の高級服を着て高級外車に乗れる時代になったとしても、ずる賢く言い逃れをし、頑固で嘘をつく性格が変わるとは思えない」 と述べる。

 観察眼の素晴らしさは、人民服から背広に着替えた今日を見通していたかのようである。

 布教活動している米国人が襲われ、中国人を無償で教育しているミッションスクールが、そのミッションスクールで教わっている生徒の火付けや手引きによって焼失した例などを示しながら、 「中国人は次から次へと試練を与えてくれるものだ。 焼き討ちぐらいで済むならまだよい。 何百人も殺されている」 とも書く。 そうした状況は、今日に至っても続いている。

 1927年から28年に、国民党は反クリスチャンの行動指示を出している。 これにより中国領土にいた8000人にのぼる宣教師のうち、5000人が日本へ退去する。

 ところが、支援が打ち切られるのを恐れる宣教師はこうした実態を報告していない。 それどころか、 「下賜休暇中の宣教師がスライドを上映しながら 『 大躍進する布教活動 』 という嘘をばら撒いている。 大方( の米国人 )は演技とも知らずコロッと騙されているのである」 と書いている。

 中国人は 「表では 『 正義、公平、協力 』 を叫び、裏では実に見事に共謀、妨害、暗殺、掠奪を働いている」 し、 「無知な大衆の指導のために戦う指導者がいない。 実情は全く逆で、戦っているのは無知な大衆の方である。 ( だから )今の政権が消えた方が幸せになれる」 とも結論づけている。

 近年の中国からは 「正義、公平、協力」 は聞こえてこないが、鄧小平は 「養光韜晦」 ( 能ある鷹は爪を隠す、実力が付くまで隠忍自重する )を語り、大国への準備に専念した。 最近の指導者はことあるごとに 「平和的台頭」 と 「大国」 を唱え続けている。

 その裏で、南シナ海や東シナ海の掠奪を意図していたことが、今や明々白々になってきた。 他方で、中国国内では思想統制が強まり、国家主席の暗殺も何回となく発覚したと伝えられている。 「今の政権が消えた方が幸せになれる」 と、現代中国の人民も思っているのかもしれない。


おわりに

 タウンゼントの中国における経験談を題材に、現在にタイム・スリップさせながら検討してきた。

 帰米後のタウンゼントは、大学講師の傍ら、著述と講演活動に専念する。 その活動を通して中国の本当の姿を米国人に知らせ、満州事変後、米国の対日世論が悪化する中で、本当の米国の極東政策はいかにあるべきかを説く。

 結果的には中国に味方するルーズベルト政権を批判することになり、日本の真珠湾攻撃後、治安妨害容疑や反米活動などの理由で1年間牢獄につながれることになる。

 ポルトガルはマカオを香港より20年も早く返還しようとした。 そうされては立場がなくなる英国が香港返還の時期まで伸ばすようにクレームをつけたが、中国は何一つ抵抗しなかった。

 ところが、香港返還が実現した以降の中国のやり方は、どうであろうか。

 調

 姿 「力」

 日本は独自に力をつけながら、同盟の深化で抑止力を増大し、国際社会と世界の有力なメディアを味方に付ける努力が不可欠である。





( 2015.08.19 )

   



 今年の9月3日、中国共産党は北京で 「戦争勝利70周年記念」 の式典と軍事パレードを行う。 しかし、そもそも中国共産党が日本に勝利したという話自体が嘘なのだ。 1937年7月の盧溝橋事件を発端に始まった日中戦争は、中国国内の内戦に日本が干渉する形で始まった。

 当時、中国では、日本が支援していた汪兆銘の南京国民政府と、蒋介石の国民党、毛沢東の共産党が三つ巴の内戦を繰り広げたが、すでに共産党軍は内戦で疲弊し弱体化していた。

 同年9月の国共合作で国民党と共産党は手を結んだが、毛沢東の戦略は 「夷をもって夷を制す」。 すなわち、敵同士につぶし合いをさせることだった。

 日本軍と国民党軍が戦闘になるよう工作し、共産党は非戦闘地帯で勢力を拡大させた。 ゆえに、日本軍と共産党軍が正面きって戦火を交えた記録は残っていない。

 1945年8月に日本が降伏し、蒋介石の中華民国は戦勝国となった。 だが、戦争で戦力を消耗した国民党と、勢力を復活させた共産党との間で内戦となり、蒋介石は台湾へ逃げ、共産党は中華人民共和国を樹立した。

 つまり、抗日戦争を戦ったのは国民党軍であり、中国共産党は国民党の “成果” を横取りしたに過ぎない