尖閣衝突事件



 



 ある日突然我が家の居間に隣人が入り込んできて、 「 この家は私のものです 」 と一方的に宣言し、それをこちらが拒否すれば暴力をふるおうとする ― 尖閣諸島をめぐる我が国と隣国の関係はこのように例えられるだろう。 洋上での衝突事件をこれ幸いと次から次に理不尽な要求を畳みかけるあり様は、これから先進国の仲間入りをしようという国家の態度とはとても思えない。


姿

 尖閣諸島周辺の領海を侵犯した中国漁船を日本の海上保安庁の巡視船が拿捕し、船長を逮捕した9月7日以降、中国側の対日攻勢は強まるばかりだ。
 国連総会に出席した温家宝首相は21日、在米中国人や華僑代表と会見した際に、
 「 船長を釈放しなければ、中国はさらなる対抗措置を取る用意がある。 その結果についてすべての責任は日本側が負わなければならない 」 と発言した。
 今回の事件が偶発的なものか、あるいは中国が意図的に行なったものかは不明だ。 だがいずれにしても明らかなのは、中国がこの事 態を“絶好の機会”と捉えていることだ。
 9月3日、北京の中国外務省正門前で、数人の男が 「 東シナ海ガス田共同開発の中日合意は国辱的行為だ 」 との主旨の横断幕を掲げた。 その映像はすぐにネット上に流され、中国外務省は 「 民間の圧力は考慮すべきひとつの要因である 」 とコメントした。
 領海侵犯事件が起きたのはその4日後であり、船長逮捕後の中国側の対応は尋常ならざる速さだった。 10日には楊潔捷外相が丹羽宇一郎駐中国大使を呼び出し抗議。 11日には東シナ海のガス田条約締結交渉の延期を発表し、直後に掘削用ドリルと思われる機材を運び込んだ。 そのことが確認されたのは16日のことだ。
 12日には外相より格上の戴秉国国務委員が丹羽大使を深夜に呼び出して抗議するという常軌を逸した対応に出た。 それがさらにエスカレートして、21日の温首相の発言につながっている。
 「 毎日新聞 」 の浦松丈二記者は9月20日付朝刊で〈 中国はオバマ政権発足後、米国との安保条約の解釈と運用についての協議の場を持ち、尖閣諸島への適用に直接言及しないようにたびたび働きかけてきた 〉と中国外交筋の話として伝えた。
 いざとなれば尖閣諸島を軍事力をもって奪い取ることも視野に、米国に介入させないための外交戦術をすでに展開していたのである。
 中国の強硬姿勢は、普天間基地問題で日米関係がギクシャクし、外交戦略も未熟な民主党政権下のいまが尖閣と東シナ海での中国の 実効支配を打ち立てる好機と見ているからに他ならない。

日本固有の領土「尖閣諸島」に
目をつけた中国の「領海侵犯」史
1884年実業家・古賀辰四郎が尖閣諸島に人を派遣し探検
1895年日本政府が中国(当時は清)の未支配を確認し、領土編入を閣議決定
1896年日本政府が古賀辰四郎に魚釣島、久場島南小島、北小島の4島について30年間無償貸与を許可する
1932年日本政府が辰四郎の嗣子・古賀善次に4島を有償で払い下げる
1940年戦況悪化で尖閣諸島の住人が全員引き揚げ、無人島に
1946年尖閣諸島を含む南西諸島の施政権が日本から連合国に移される
1951年サンフランシスコ平和条約により尖閣諸島は日本領のまま米国施政下に
1958年米軍は古賀善次との間で地料契約を結ぶ
1969年国連アジア極東経済委員会(ECAFE)が東シナ海に埋蔵量豊富な油田がある可能性が高いと発表
1971年6月に沖縄返還条約が締結され、翌5月に沖縄とともに尖閣諸島も施政権が返遭される。 中国は12月に公式に領有権を主張
1972年日中共同声明で国交正常化。 尖閣諸島の帰属問題には触れず。 古賀善次は南小島・北小島を栗原國起に譲渡
1978年日中平和条約の締結交渉中に、100隻余の中国船が領海侵犯や不法操業
1992年中国政府が「釣魚島」の名称で中国領と明記した領海法を制定
1996年9月、香港の活動家が魚釣島付近の海に侵入し、海に飛び込んだ1人が溺死10月、香港・台湾の活動家4人が魚釣島に一時上陸
1997年香港・台湾の抗議船3隻が領海侵犯
1998年香港および台湾の抗議船等6隻が尖閣諸島領海付近に接近し、うち1隻が浸水により沈没
2004年3月、中国人7人が魚釣島に不法上陸し、現行犯逮捕され、強制退去処分に11月、中国海軍の原子力潜水艦が石垣島周辺を領海侵犯
2006年中国の海洋調査船が魚釣島付近に領海侵犯して調査活動
2008年海洋調査船2隻が尖閣諸島周辺を領海侵犯
 日本の領土である尖閣諸島と豊富な海底資源を擁する東シナ海はまさに断崖絶壁の縁に立たされているのだ。
 尖閣諸島が日本固有の領土であることに、異論をはさむ余地はまったくない。 1895年、日本政府は周辺各国に照会し、尖閣諸島 が無主であることを確認したうえで領土編入を閣議決定した。 無論、清朝の中国も異議は唱えていない。 1910年当時で248人の日本人が暮らしていた。
 その後、40年に戦況悪化に伴って島民が引き揚げ、無人島となったが、51年に調印したサンフランシスコ平和条約では、尖閣諸島は日本領土のまま米国の施政権下に入り、ここでも中国は異を唱えなかった。
 ところが68年からの国連アジア極東経済委員会( ECAFE )による東シナ海の海底調査で、埋蔵量豊富な油田の存在の可能性が高いとわかると、中国は71年になって突然、領有権を主張し始めたのである。
 国連海洋法に従えば、東シナ海は中間線をもって折半するのが国際常識だが、中国はそれを無視し、大陸棚説を持ち出して自国の領 土領海だと主張する。 領海侵犯し、巡視船に衝突してきた漁船の船長を逮捕するのは当然だが、その当然の行為に対して 「 報復 」 を持 ち出す。
 いかにも理不尽で、日本人の感覚からすれば卑劣極まりない行為だが、これが彼らの 「中華帝国的思考」 であることを我々は知っておかなければならない。 東シナ海が 「核心的利益」 に 中華帝国的思考のもとでは、現実、歴史的経緯、慣習などは意味をなさない。 そのことは例えばチベットを見ればわかりやすい。
 かつてチベットは中国に属したことなど一度もない独立国家であった。 中国国家からは 「藩部」 という位置づけで、中国と対等の 「同盟国関係」 にあった。 しかし、後に突然その関係を反転させ、自らを 「チベットの統治者」 といい出し、 「解放」 と称して軍事制圧。 いまなおチベットの人たちを激しく弾圧し、支配しているのは周知の通りである。 『中国は1992年に南シナ海の西沙、南沙、東沙、中沙諸島のすべてを自国領だと一方的に宣言し、中国領だと明記した 「領海法」 を制定した。 無論、南シナ海のそれらの島々に、中国が自国領だと主張できるような事実はない。
 しかし、95年にはフィリピンが領有していた南沙諸島のミスチーフ環礁を占領。 70年代に侵出した西沙諸島周辺海域には中国海軍の軍艦を常駐させ、昨年11月には2つの島に中国共産党組織の村委員会の設置を決めた。
 まず自国領だと 「宣言」 し、法律をつくる。 中国の漁民、もしくは漁民を装った軍人をその島々や海に侵入させ、相手国が異を唱えれば、中国の国内法をもとに領有権を主張し、軍事力で相手を排除し、支配を既成事実化する。 これが典型的な中華帝国的侵略手法なのである。
 今年3月、米国国家安全保障会議( NSC )のアジア上級部長ジョフリー・ペーター氏とジェイムズースダインバーグ国務副長官に対し、中国は初めて 「 南シナ海は中国の 『 核心的利益 』 の一部 」 と言明。 南シナ海への介入を慎むよう求めた。
 核心的利益とは、チベット、ウイグル、台湾に対して用いてきた言葉だ。 中国はいまや南シナ海は自国の領土であり、他国の介入を許さず、最終的には軍事力を行使してでも排除すると宣言したのである。
 この極めて自己中心的な中華帝国主義を中国はすでにチベットで実践した。 同じ不条理が、南シナ海でも起きた。 そして南シナ海で起きたのとまったく同じことが、いま東シナ海でも起きようとしているのである。




 先に触れた92年の領海法で、中国は南シナ海のみならず、わが国の尖閣諸島も、その半分がわが国の海であるべき東シナ海も中国領だと明記している。
 東シナ海でも南シナ海と同じように漁民侵入による事件が起きた。 次に予想されるのは、より強硬な圧力であり、軍事的恫喝だけで はなく、経済的圧力もある。
 日本を訪れるはずだった一万人の団体旅行客のキャンセル、青少年交流を目的とした日本の訪中団の受け入れ取りやめなどは、まだ 経済的損失は小さい。
 温首相のいう 「 さらなる対抗措置 」 が何を意味するのか。 すでに日本製品をボイコットしようという声も出ている。 もしくは、大量 の円買いに出て円高を誘導することさえ、なしとはしない。 より大きな経済的打撃を与えて財界を圧迫し、経済界に悲鳴を上げさせる。 狙いは、財界から日本政府に妥協を促すよう仕向け、あわよくば日本の世論の分断をも図るだろう。
 しかし少しでも妥協すれば、中国はますます日本を威圧し、恫喝し、東シナ海はなしくずし的に中国に支配される。 日本の船は航行 の自由さえ奪われ、中東に匹敵する埋蔵量もあり得ると見られている海底資源も奪われる。
 また、日本が受ける損失は経済的損失にとどまらず、日本の敗北という精神的損失にも及ぶ。 日本の国益と誇りを守ってこそ、国際社会で生き抜いていくことができるのだ。 その意味で、財界人の心構えも問われているのである。
 いま日本が何にも増してなすべきことは、傷ついた日米同盟の修復である。
 90年代に中国が南シナ海を侵入し始めたのは、米国がフィリピンに保有していた大規模な海軍・空軍の両基地を閉鎖し、撤退した軍事的空白のなかでのことだった。
 中国が東シナ海で攻勢に出ているのは、冒頭で記したように、民主党政権下で日米同盟が揺らいでいるいまが絶好の機会ととらえて いるからである。




 04年、中国人7人が尖閣諸島に上陸した際、当時の小泉政権は彼らを逮捕せず、強制退去させた。 強制退去といえば厳しく聞こえるが、要は飛行機で中国に送り届けただけのことである。
 今回民主党政権は、自民党政権にはできなかった船長逮捕に踏み切った。 この先重要なのは、1ミリたりとも譲らない覚悟で臨むこ とだ。
 中国が 「 報復措置 」 として東シナ海のガス田 「 白樺 」 の独自開発を強行するなら、日本も独自にガス田開発に着手すべきである。 その際、中国は軍事的恫喝に踏み切るだろうが、日本は海上自衛隊を派遣して、決意を示すことだ。 繰り返すが、その大前提となるのは強固な日米同盟である。 同時に、同じく中国の脅威にさらされているASEAN諸国との関係をより緊密にすることだ。
 米国のオバマ政権は、親中ぶりを見せつけた1年目とは対照的に、2年目に入ってようやく中国の軍事的脅威に気づいたと思われる。 7月23日、クリントン国務長官がベトナムのハノイで開催されたASEAN地域フォーラムで 「 航行の自由、アジアの海域へのアクセスの自由、南シナ海における国際法の遵守に米国は強い関心を抱いている 」 と語ったのも、中国への強い牽制である。 米国がASEANの側に立つ姿勢を見せたのは、ASEAN諸国が中国の理不尽な行動に対して、まず自らが懸命に戦う姿勢を見せたからだ。 今年6月22日、インドネシアが自国の排他的経済水域( EEZ )だと主張してきた海域で、一触即発の事態が起きた。 この海域で操業を始めた中国漁船団の1隻をインドネシア警備艇が拿捕。 最後には中国の圧倒的な軍艦( を改装した大型船 )の前に屈したが、インドネシアも海軍を派遣して、懸命に対峙した。 こうしたASEAN各国の覚悟があって初めて米国が動いたといえる。
 「 尖閣諸島を日本が領有するかぎり、日米同盟は尖閣諸島にも及ぶ 」 というのが米国側の見解だ。 日本自身が、尖閣諸島を領有している状況をつくり出さなければ何も始まらないのだ。
 1951年、周恩来が初めて 「 南シナ海は中国のものだ 」 と宣言した時、あまりの現実との乖離に誰も注目しなかった。 だが約40年後の92年、中国は領海法を制定し、主張を権威づけ、実効支配に乗り出した。
 中国が尖閣諸島の領有権を主張し始めた71年からほぼ40年後のいま、中国はまさに尖閣諸島に手を伸ばそうとしている。 沖縄もかつて中国の一部だったと、近年になって再度いい始めた。 いま日本が安易な譲歩をすれば、40年後、沖縄を奪いにくると考えるべきだ。
 中国の領土への野望に対しては、 その都度、 原則を譲らず対処することが何よりも重要だ。 尖閣諸島に領土問題は存在せず、 国内法で粛々と対処するという前原誠司外相の対応は極めて正しい。 しかし、 懸念されるのは仙谷由人官房長官の動きだ。 外交能力を欠く菅直人首相に代わり、 実質的に内閣を仕切る仙谷氏に領土領海や国益を守る意識はあるのか、 疑わしい。
 日本の隣に存在するのは、 嘘も謀略も恫喝も、 暴力をも厭わない、 理不尽極まりない 「中華帝国的思考」 の持ち主であることを忘れてはならないのである。

またしても得意の 「歴史改鼠」 が飛び出した

沖縄の主権は中国に属する!?

 危ないのは尖閣だけではない。 中国は 「沖縄も日本に不法占領されている」 とまでいい出した。

あなたは中国の「沖縄侵略計画」を知っていますか?


『5分でわかる!』沖縄から米軍基地が無くなったらどうなるか?
 9月19日、中国大手紙 『 環球時報 』 が、 「 沖縄は日本の領土ではないのだから、日本は釣魚島( 尖閣諸島の中国名 )について中国と対話する資格はない 」 、との論文を掲載した。 筆者は、在日中国大使館勤務経験がある商務省の研究者、唐淳風氏である。
 いわく、 「 中華琉球王国 」 ( 沖縄のこと )は一貫して中国の属国だった。 明治政府が不法に侵略・占領したが、現在の日本には沖縄の主権はなく、米国から行政管理権が認められているだけ。 しかも、 「 沖縄では住民の75%が日本からの独立を望んでいる 」 というのだ。
 これについて、中国情勢に詳しい宮崎正弘氏は、 「 かつて琉球は中国だけでなく薩摩藩にも朝貢していたし、現在の沖縄に独立派はほぼ皆無。 完全なでっちあげ 」 と一蹴。 その一方で、論文の意図をこう分析した。
 「 中国は沖縄を独立させようとしているのです。 そうして沖縄と安全保障条約を結び、自軍を駐屯させると。 今までもチベット人やウイグル人の土地を、そのやり方で奪ってきましたから 」
 声高に叫んで無理を通すのは中国の常套手段。 昨年12月には歴史研究者らがシンポジウムの席で 「琉球処分にも沖縄返還にも国際法上の根拠はない」 との主張を展開、中国社会科学院日本研究所の学者・呉懐中氏は 「沖縄の主権は中国に属する」 とまで断言している。( 新華社8月20日付 )
 まだ一部の意見とはいえ、中国においては、こうした学者の発言は、政府の意向を受けたものであることが多い。 彼らは、日本の反応を注意深く見ているのだ。


( 2012.07.14 )


 沖縄・尖閣諸島( 中国名・釣魚島 )の領有権問題に絡み、中国国防大学戦略研究所所長の金一南少将が 「 沖縄は中国の属国だった 」 との “暴論” を展開していたことが13日までに明らかになった。 現役軍高官の発言だけに、波紋を呼びそうだ。

 中国国営ラジオ局、中央人民広播電台のウェブサイトに掲載されたインタビューによると、金氏は 「 釣魚島問題に関しては、必ず行動を取ることが必要だ。 さらに大きな見地からみれば、今後( 議論を )始めなければならないのは沖縄の帰属問題だ 」 と訴えた。

 金氏は、日本が1879年以降、 「 琉球 」 を強制的に占領し、住民に琉球王室や当時使われていた清国の年号や銅銭を忘れさせるために 「 沖縄 」 と改名したと主張。 日本の占領を認めるに足る国際条約はないなどと持論を展開した。

 さらに 「 沖縄は当時、独立国家として中国の属国で、中国との関係が非常に近かった 」 と世論を扇動。 中国のインターネット上には 「 琉球群島は中国の属地だ。 日本は出ていけ! 」 「 人民解放軍よ、早く琉球を解放して 」 などの過激な意見が寄せられている。