尖閣衝突事件

( 2010.09.25 )
《敗北》 尖閣衝突事件


 

 沖縄・尖閣諸島沖での漁船衝突事件で、政府は中国の圧力に屈し、節を曲げた。 日本は自ら中国より“格下”の国であることを内外に示し、失われた国益は計り知れない。


首相と外相の不在

 それは、実に奇妙な光景だった。 那覇地検の鈴木亨次席検事は24日の記者会見で、中国人船長の釈放理由にわざわざ 「日中関係への考慮」 を挙げた。
 政府のトップである菅直人首相と外交責任者の前原誠司外相の2人が米ニューヨークでの国連総会出席のため不在中に、地検が外交的配慮に基づく判断を下したというのだ。
  「地検独自の判断だ。 それを了とする」
 仙谷由人官房長官は24日午後の記者会見でこう繰り返した。 柳田稔法相も 「指揮権を行使した事実はない」 と強調した。 だが、誰が言葉通りに受け取るだろうか。
 政府関係者によると、仙谷氏は24日午前の閣議後、釈放を一部の閣僚ににおわせていた。 地検の発表前に仙谷氏は柳田氏と官邸で会談している。
  「僕ら( 前原氏を除く )政務三役5人は釈放決定を知らなかった。 何でこのタイミングなのかと話し合ったぐらいだ」
 外務省政務三役の一人ですら事前には全く知らされていなかったと強調する。


「米の要請」 口実に

 政府筋は29日の勾留こうりゅう期限を待たず24日に処分保留の決定が下った背景として、23日午前( 日本時間同日夜 )ニューヨークで行われた日米外相会談を挙げる。
 同筋によると、クリントン国務長官は尖閣諸島について 「日米安保条約が明らかに適用される」 と述べる一方で、尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件の早期解決を望む意向を伝えた。
 中国側とのハイレベル協議を模索するなど事態打開を探っていた仙谷氏は、前原氏から連絡を受けた 「米側の要請」 ( 政府筋 )をもっけの幸いとばかりに利用し、船長釈放の口実にした可能性があるというのだ。 外務省幹部は 「官邸の判断だろう。 こういうことは政治判断だ」 と吐き捨てた。
 「首相と外相を批判の矢面に立たせないために、2人の不在時に仙谷さんが泥をかぶったのだろう」
 民主党関係者はこう観測を述べる。 だが、ことは泥をかぶるで済む問題ではない。 これまで弁護士出身の仙谷氏は 「司法、捜査と政治との関係について中国に理解を求めたい」 と、司法権の独立に言及してきた。 首相や外相が不在のなかで進んだ 「仙谷氏主導」 ( 政府筋 )の釈放劇は、ゆがんだ政治主導といってもいい。


中国が掘削の可能性

 「日本は法治国家だ。 そのことを簡単にゆるがせにできない。 ( 日本が )超法規的措置をとれるのではないか、ということが前提にあるから( 中国側は )よりエスカレートしていく」
 玄葉光一郎国家戦略担当相も24日午前の記者会見で胸を張った。 だが、那覇地検の釈放方針発表後に官邸を出る際、玄葉氏は記者団に無言を通した。
 閣僚経験者は 「地検が日中関係にわざわざ言及したのは、精いっぱいの抵抗ではないか」 と解説してみせたが、中国が強く出るとひざを屈する弱い日本というイメージは世界に広まることになる。
 仙谷氏らは船長の釈放で事態の沈静化を期待しているのだろうが、資源エネルギー庁幹部は24日の自民党外交部会で、東シナ海の天然ガス田 「白樺」 ( 中国名・春暁 )で、中国が掘削作業を開始した可能性が高いとの認識を明らかにした。
 今回の事件は中国が東シナ海での活動をますます活発化させるきっかけとなったかもしれない。


「特例」 再び

 「那覇地検の決定は、3~4時間後には( 米ニューヨーク滞在中の )菅直人首相の耳に入るだろう」
 仙谷由人官房長官は24日午後の記者会見で、いったんはこう述べ、船長釈放決定は首相の耳には届いていないとの認識を示した。
 そしてその後、秘書官が差し入れたメモを見て 「首相にはすぐに連絡が届いているということだ」 と訂正した。 まるで、首相の意思・判断には重きを置いていないかのようだった。
 船長釈放の一報が伝わる約5時間前。 23日午後9時( 日本時間24日午前10時 )ごろ、首相は同行記者団との懇談で笑みを浮かべてみせた。
 「今いろんな人がいろんな努力をしているんだから」
 日中関係の改善策を問われた際の答えがこれだ。
 民主党政権には中国の圧力に屈してルールを曲げた“前科”がある。 昨年12月の習近平国家副主席の来日時に 「1ヵ月ルール」 を破って天皇陛下との 「特例会見」 を実現させたことだ。
 「あのときは官邸がぐらついたが今回は仙谷氏をはじめきっちりやった。 中国も驚いて交渉レベルを楊潔■( 簾の广を厂に、兼を虎に )外相から戴秉国国務委員に上げて圧力をかけたが政府は踏みとどまっている」
 8日の船長逮捕の数日後、外務省関係者はこう語っていた。 だが、その評価は裏切られた。


テープ公開せず

 24日昼、自民党本部での党外交部会。 海上保安庁の檜垣幸策刑事課長は中国漁船と海保の巡視船が衝突した瞬間を収めたビデオテープをなぜ公開しないのか、苦しい釈明に追われた。
 高村正彦元外相 「ビデオを見たら、( 中国漁船側が )ぶつかってきたことが一見して分かるのか」
 檜垣刑事課長 「一見して分かります」
 ならばなぜ、貴重な証拠を国際社会にアピールしようとしなかったのか。 白黒はっきりつけるのを嫌う事なかれ主義が垣間見える。
 政府内でも公開すべきだとの意見はあったが、仙谷氏は 「刑事事件捜査は密行性をもって旨とするというのは、刑事訴訟法のいろはの 『い』 だ」 ( 21日の記者会見 )と後ろ向きだった。
 刑事訴訟法47条は 「公益上の必要が認められる場合」 は証拠書類の公開を認めている。 政府は、自国に有利なはずのビデオ公開を 「公益」 にかなわないと判断したことになる。


基盤揺るがす火種

 政府筋は今回の釈放決定について 「電光石火の早業」 と評するが、いかに仙谷氏とごく少数の人間にしか知らされていなかったかが分かる。
 「那覇地検( の鈴木亨次席検事 )は 『今後の日中関係を考慮して』 と言ったがこんなことを検事が言っていいのか。 あらゆる泥をかぶるというなら、首相臨時代理である仙谷氏が( 自分の責任で )言えばいい」
 自民党の石破茂政調会長は24日夕、記者団にこう指摘し、10月1日召集の臨時国会で追及する考えを示した。 日本の国際的地位低下を招いた仙谷氏らの独走は、国内でも新たに発足した菅内閣の基盤を揺るがす火種となりそうだ。






一片の報道官談話

 沖縄・尖閣諸島沖での漁船衝突事件で、 「白旗」 を掲げて中国人船長を釈放した日本に、中国はどう応えたか。 和解の握手を交わすどころか、くみしやすしとみて、図に乗ってきた。
 中国外務省が日本に 「強烈な抗議」 として、謝罪と賠償を要求したのは25日未明。 緊張に耐えられず、すぐ 「落とし所」 を探す日本と違い、中国は弱い相手には、より強く出た。
 日本政府の対応は鈍かった。 「尖閣諸島がわが国固有の領土であることは、歴史的にも疑いない。 領有権問題は存在しない。 謝罪や賠償といった中国側の要求は何ら根拠がなく、全く受け入れられない」
 ようやく一片の外務報道官談話が出たのは、半日過ぎた25日午後。 しかも訪米中の前原誠司外相は24日( 日本時間25日 )、ニューヨークでこれを聞かれると 「コメントは差し控えたい」 と言及を避けた。
 「政治主導」 を掲げる政権で、菅直人首相はじめ政権幹部には、決定的に発信力が欠けている。


首相は“人ごと”

 24日午後( 日本時間25日朝 )、ニューヨーク市内で記者会見した菅直人首相は建前論を繰り返した。
 「( 中国船長の釈放は )検察当局が、事件の性質などを総合的に考慮し、国内法に基づいて粛々と判断した結果だ」
 記者団との懇談で、準大手ゼネコン 「フジタ」 の社員4人が中国内で拘束されたことを聞かれた際も、人ごとのような反応だった。
 「なんか、そういうことがあるという知らせは、受けている」
 一方、中国はどうか。
 温家宝首相は23日の国連総会での一般演説で、国家主権や領土保全では 「屈服も妥協もしない」 と強調し、国際社会に明確なメッセージを発信した。
 国際社会では 「沈黙は金」 ではない。 こんなありさまでは、尖閣諸島の歴史や事情を知らぬ諸外国に、中国側が正義だという誤解を生みかねない。
 今回の船長釈放劇で 「判断に全然タッチしていない」 ( 幹部 )とされる外務省の中堅幹部がぼやく。
 「自民党政権時代なら、中国の次の行動に備え、対処方針を策定するよう政治家から指示があった。 ところが今回は、ほとんど現場に話は来なかった」


政治主導機能不全

 官邸サイドは否定するが、首相が 「超法規的措置はとれないのか」 といらだっていたとの報道がある。 実際のところ官邸には 「ただ、早く沈静化させたいという思いが先行していた」 ( 首相周辺 )ようだ。
 政府には、問題解決に向けた見通しも方針もなく、衆知を集める能力もノウハウすらもなかったことになる。 これでは 「人災」 だ。
 「証拠として早く( 漁船が衝突した時の )ビデオをみせるべきだった」 。 鳩山由紀夫前首相も25日、京都市内で記者団に、政府の段取りの悪さを指摘した。
 鳩山氏は続けた。 「私が首相当時は、温首相とのホットラインがあった。 事件直後に菅首相が腹を割って議論すればよかった」 。 嫌味を言われる始末だ。
 民主党の岡田克也幹事長は25日、奈良市で記者団に中国の謝罪・賠償要求についてこう語った。 「全く納得がいかない。 中国にもプラスにならない。 中国は冷静に対応した方がいい」
 政府・与党幹部が判で押したように中国に 「冷静な対応」 を求める。 だが中国は日本の慌てぶりを 「冷静に」 観察し、どこまで押せば、どこまで引き下がるかを見極めながら、強硬姿勢を強めたのではないか。
 25日夜、訪米から帰国した首相を最初に出迎えたのは、首相官邸前に陣取った市民団体の抗議のシュプレヒコールだった。
 そして、仙谷由人官房長官らが公邸に駆け込んだ。 尖閣問題の 「今後」 を協議する中で、メディアが伝える厳しい世論も報告されたという。



  


首脳会議一転

 「証拠も十分で事案も悪質。 起訴すべきです!」
 24日午前10時すぎ。 東京・霞が関の法務・検察合同庁舎19階の最高検会議室。 中国漁船衝突事件で逮捕、送検された中国人船長に対し、起訴を主張する幹部の声が響いた。 那覇地検が中国人船長の釈放決定を発表する、わずか4時間前の出来事だった。
 集まったのは、大林宏検事総長、最高検の伊藤鉄男次長検事、勝丸充啓みつひろ・公安部長と担当検事に加え、那覇地検の上野友慈ゆうじ検事正と福岡高検の岩橋義明次席検事。 国会議員の逮捕など重要案件を最終決定する際に開かれた 「検察首脳会議」 ともいえる顔ぶれだ。
 この時点では、方針が釈放で一致していたわけではない。 1時間に及んだ会議。 出席者の一人の発言を契機に全員一致での釈放決定への流れが強まった。
 「4人の人命はどうなるんですか。 ( 起訴したら )危ないんじゃないですか」
 準大手ゼネコン 「フジタ」 の邦人社員4人が軍事管理区域で撮影した疑いで中国当局に拘束されたことが前夜に発覚していた。 ある幹部は 「人命をてんびんにかければ、起訴という判断はできなかった」 と悔しさをにじませた。


  潮目変わった日

 船長の10日間の勾留延長が決定した19日の時点で、検察当局は 「起訴」 に向け意気軒高だった。 「異論を唱える人は誰もいなかった」 ( 幹部 )という。
 実際、検察当局は公判に備え、石垣海上保安部が衝突時の様子を撮影したビデオ映像の公開に 「待った」 をかけていた。 「手の内を明かすわけにはいかない」 ( 同 )からだ。 詰めの捜査のため、最高検は公安部の担当検事を那覇地検へ派遣する方向で調整していた。
 潮目が変わったのは21日だった。 中国の温家宝首相が 「釈放しなければ、中国はさらなる対抗措置を取る用意がある」 と揺さぶりをかけた。 間もなく、邦人4人が中国で行方不明との情報がもたらされる。
 「すぐに身柄拘束を想像した」 とある検察幹部。 このころから検察内では 「船長にいい弁護士がつき、容疑を認めさせれば略式起訴で済ませられるのに」 と弱気な声が漏れ出した。
 しかし、船長は否認を続け、連日、中国の在日大使館員と接見した。 「何か吹き込まれたのは間違いない」 と海保関係者。 否認のままでは略式起訴にできない。 流れは釈放に傾いた。


官邸に2度も

 23日には那覇地検が外務省の担当課長から参考人聴取として状況を聞いた。 起訴したら日中関係はどうなるか、影響を中心に説明を受けたとみられる。 首相官邸からも法務省側に早期解決を望む意向が非公式に伝えられたという。 24日には柳田稔法相が2回も官邸に入り、2回目は慰労会を中座して仙谷由人官房長官と1時間面会。 帰り際、報道陣からの 「尖閣は?」 との質問を無視した。
 柳田法相が官邸を辞して1時間後の午後2時半すぎ、那覇地検の鈴木亨次席検事は釈放を発表。 理由に 「日中関係への考慮」 を挙げた。 検察当局が政治決断を負わされた こともにおわせる、異例の発言だった。
 一方、菅直人首相も仙谷長官も釈放は 「検察の判断」 と繰り返すのみだ。
 船長釈放から半日後の25日午後、拘束中の邦人4人は北京の日本大使館員と面会できた。 検察が憂慮した人命の危機は脱した。
 しかし、検察当局に対し、 「中国の圧力に屈した」 との国民の失望感は広がっている。 折しも大阪地検特捜部の押収資料改竄かいざんという前代未聞の事件も発覚。 逆風にさらされる中で検察当局が下した今回の判断は、当面の危機を脱する役割は果たしても、さらなる国民の不信という禍根を残す結果となった。