尖閣衝突事件



 “燎原の火”を点けた 「酒乱船長」の暴走
 支那衝突漁船は 「スパイ船」 だった!
 中国人船長を釈放へ 那覇地検 「日中関係考慮」
 柳田法相 「指揮権は発動していない」
 石原都知事 「屈辱では済まない問題」
 中国人船長釈放に対する 政治家の一言集
 《敗北》 尖閣衝突事件
 これこそ 「腰抜け外交」 だ
 どこまで国を貶おとしめるのか
 2010.9.24は 「国家屈辱記念日」
 尖閣諸島で譲歩すれば
        中国は次に沖縄を奪りにくる!

 尖閣ビデオ流出


( 2013.09.24 )

 


 尖閣諸島( 沖縄県石垣市 )沖で平成22年9月に起きた中国漁船衝突事件をめぐり、仙谷由人官房長官( 当時 )が、菅直人首相( 同 )の意向も踏まえ、公務執行妨害で逮捕された中国人船長を釈放するよう法務・検察当局に水面下で政治的な働きかけを行っていた ことが23日、分かった。

 仙谷氏は、衝突事件と同時期に大阪地検特捜部による証拠改竄かいざん事件が発覚したことで大野恒太郎法務事務次官と面会することも多くなったことから、 「 次官とはいろいろ話をした。 私の政治的な判断での要望については当然、話をしたと思う 」 と述べた。

 事件当時、菅政権は横浜市でのアジア太平洋経済協力会議( APEC )首脳会議を22年11月に控えていた。 中国側が参加を見合わせれば日本のメンツがつぶれる可能性があると焦った菅氏から解決を急ぐよう指示があったことも認めた

 一方、政権内では岡田克也外相や前原誠司国土交通相( いずれも当時 )が 「 これはけじめをつけよう 」 と法的手続きに入るべきだと主張。 仙谷氏は 「 政治的な配慮をする必要があるかもしれないと思い、問題提起した 」 という。

 仙谷氏は、船長釈放決定に先立ち法務・検察当局からの要請に応じ、外務省の課長を参考人として那覇地検に派遣し、外務省の立場を説明するよう自ら指示を出していたことも認めた。

 那覇地検は 「国民への影響や今後の日中関係も考慮した」 として船長を釈放したが、菅、仙谷両氏は当時 「検察独自の判断だった」 と強調していた。

     
中国漁船衝突事件平成22年9月7日、尖閣諸島( 沖縄県石垣市 )沖の領海内で違法操業していた中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突。 船長は翌日、公務執行妨害容疑で逮捕されたが、那覇地検は同月25日に処分保留のまま釈放、23年1月に起訴猶予処分とした。 那覇検察審査会の強制起訴議決を受けて検察官役の指定弁護士が24年3月に船長を強制起訴、那覇地裁は訴状を送達できなかったとして同年5月、公訴棄却を決定した。





( 2013.09.26 )

 



処分保留で釈放された中国人船長。
チャーター機に搭乗する際、Vサインをしてみせた
 尖閣諸島( 沖縄県石垣市 )沖で、海上保安庁の巡視船に体当たりした中国船の船長が超法規的に釈放されて丸3年となり、あの日の怒りと失望がよみがえった。 当時の仙谷由人官房長官が菅直人首相の意向を受け、船長を釈放するよう法務・検察当局に働きかけたことを明かしていたからだ。

 あの時、彼らは国民に何と言っていたか ──。
「検察当局が国内法に基づいて粛々と判断した結果だ」 ( 菅氏 )
「了としている。 検察官が総合的な判断のもとにどうするかを考えたとすれば、そういうこともあり得るのかなと」 ( 仙谷氏 )
 二人とも、検察に船長釈放の責任をおっかぶせて逃げていたが、仙谷氏はこれが 「真っ赤な嘘」 であることを事実上、認めたのだ。

 検察は当時、大阪地検特捜部の押収資料改竄かいざん事件で追い詰められており、首相官邸の圧力には抗しきれなかったのだろう。

 3年前の24日、那覇地検の次席検事が船長釈放を発表する記者会見で 「日中関係を考慮」 と不快そうにコメントを読み上げていたのも忘れられない。 「この事件以外に( 検察が )外国との関係を考慮した例は承知していない」 ( 当時の西川克行法務省刑事局長 )という無理筋の話を押し付けられたのだから当然である。

 一方、船長釈放は 「地検独自の判断」 と繰り返した菅氏は、この直後に始まった秋の臨時国会の所信表明演説ではこう説いていた。
「国民一人一人が自分の問題としてとらえ、国民全体で考える主体的で能動的な外交を展開していかなければならない」
 国民に本当のことを知らせず、海保が即日公開する予定だった中国船衝突映像まで隠蔽いんぺいしておきながらこんな 「ご高説」 を垂れるのだからあきれるしかない。

 もっとも、菅氏や仙谷氏の言葉が真実からほど遠いことは、多くの国民も直感していた。 この年10月の時事通信の世論調査では、船長釈放は検察独自の判断だとする菅政権の説明に対し、79.9%もの人が 「 信用できない 」 と回答した。

 外務省幹部も当時、こう証言していた。
「元凶は菅首相だ。 首相が中国の圧力にベタ折れし、船長釈放を指示した。 それを仙谷氏が処分保留で釈放などと理論武装した」
 このときの国会では、予算委員会の質疑の大半が、船長釈放をめぐる経緯の追及に費やされたが、二人は頑として自分たちの 「嘘」 を認めようとしなかった。

 そしてその 「嘘」 を正当化するためか、菅政権は12月には、ある異様な政府答弁書を閣議決定した。

 それは閣僚が国会で虚偽答弁しても、政治的・道義的責任が生じるかは 「答弁の内容いかんによる」 というものだった。 内容次第では、閣僚が国会で嘘をついても何ら問題はないというのである。 そんな政府をどうして信用できようか。

 「私はいまだにあの時のやり方、やったこと、すべて正しかったと思う」

 






( 2010.10.13 )


 尖閣諸島が紛れもなく日本領土であることを実証する資料集が2冊、この数年の間に沖縄で出版されている。 那覇の尖閣諸島文献資料編纂へんさん会による 『 尖閣研究-高良学術調査団資料集 』 ( 上下巻、平成20年 )と、 『 尖閣研究-尖閣諸島海域の漁業に関する調査報告 』 で、前著は700ページ、後著は300ページを超す大部である。

 戦後5回、多方面にわたり行われた高良学術調査団の調査を通し島の実態が克明に記述されていて興味が尽きない。 この種の調査が戦後5回も実施されたことが、取りも直さず尖閣諸島に対するわが国の実効支配を裏付けているという意味でも貴重な文献である。

 今度出た資料集は、官報、公文書、各種新聞記事、漁業・水産関係資料などを基に編纂され、この8月に刊行されたばかりである。


≪ 領土宣言前からの日本漁場 ≫

 尖閣諸島が日本の領土となったのは、明治28年( 1895年 )である。 だが、それ以前の明治初年から、先島諸島次いで沖縄の漁民たちが、小さなり舟や伝馬船で東シナ海の洋上遥か彼方かなたの小島を目指して出漁していた。

 尖閣諸島周辺海域は豊かな漁場である。 直近の海域でカジキ、カツオ、イルカ、フカなどが簡単に獲れた。 波の高い時には海水とともに魚が甲板に飛び込んできた。 魚釣島の海岸にはいくつもの自然にできた掘割があり、満潮になると入ってくる魚を棒で追い出して獲った、と高良調査団員は回想している。 島はアホウドリその他の野鳥の楽園でもあった。 同報告書によれば、推定1000万羽の海鳥が群れをなしていた。

 尖閣諸島は、明治17年から石垣島の古賀辰四郎氏が、1島を除く4島を日本政府から借り上げ、主島の魚釣島と南小島で鰹節かつおぶし工場やアホウドリの羽毛の採取を生業としていた。 昭和7年に払い下げを受けて古賀氏の私有地となった。 昭和15年、戦争が近づいてきたため古賀氏が引き揚げて以来、無人島となった。 現在は埼玉県在住の日本人が所有している。


≪ 中国の足跡は何もなし ≫

 中国は尖閣諸島に何の足跡も残していない。 それに対し、この膨大な資料は尖閣諸島周辺海域での先島諸島、沖縄本島漁民たちの明治初年からの長い漁業活動の歴史を伝えてくれている。 尖閣諸島の領有権を考える上で忘れてはならない貴重な歴史である。

 だが、わが国政府の対応は今に至るまで余りに消極的に過ぎた。 明治政府は、明治初期の 「 琉球処分 」 以来、沖縄の反対勢力と旧宗主国だった清国( 中国 )を恐れ、沖縄の改革に腰が引けていた。 明治政府の事なかれ主義は尖閣諸島の扱いでも同様だった。

 内務省の命を受け明治18年、沖縄県は 「 沖縄県と清国福州との間に散在する 」 無人島( 尖閣諸島 )を調査した。 その結果、清国帰属の証拠は少しも見当たらず、 「 無主地 」 として、国標建設( 領土編入 )を要望する旨の上申書が沖縄県令から提出されたが、井上馨外務卿は反対の態度を取り続けた。 その後も沖縄県から明治23年と26年に領土編入の上申書が提出されたが、明治政府は放置した。 そして、日清戦争の勝利が確実となった明治28年1月、突然、尖閣諸島に標杭建設の儀は差し支えないとの閣議決定が下された。


≪ 政府の及び腰が脅威を招く ≫

 明治18年以降、領土編入までの10年間に3回の調査を重ねながらも、明治政府は沖縄県からの 「 領土編入 」 の上申を受け入れなかった。 対中( 清国 )関係を重視して渡航を自重させるでもなく、慎重な調査を続けるでもなかった。 何もしなかったのである。

 尖閣諸島へ渡ったのは、明治政府や沖縄県の役人など調査の関係者ではなく、先島諸島や沖縄本島の漁師たちだった。 夜光貝、アホウドリの羽毛など換金性の高い漁獲物が廃藩置県後に沖縄に流入した寄留商人に大量に買い取られ、那覇港から輸出された。

 領土編入以来、100年を経た現在、またも日本政府の対中及び腰で、尖閣諸島は周辺海域に頻繁に押し寄せてくる大量の漁船からの 「 中国の脅威 」 にさらされている。 漁船といっても、漁民を装った民兵の船や武装漁船である。

 これらの船舶による侵犯状態が続き、漁船保護目的で中国海軍艦艇が展開するようになると、尖閣諸島は 「 中国の領土 」 、周辺海域も 「 中国の海 」 となって、先島諸島と沖縄本島の漁民は中国政府の許可を得ないと操業できなくなってしまうだろう。 日本政府は、これらの諸島の漁民たちの、明治以来の尖閣諸島や周辺海域での活動を無にしてはならない。


 

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( 2012.04.20 )

  


 2012年4月19日、環球時報によると、台湾の李登輝り・とうき元総統が 「 これまで何度も話しているが、尖閣諸島は日本の領土だ 」 と改めて言及し、日本の石原慎太郎都知事が尖閣諸島を東京都が購入する意向を示したことについて、 「 国の政治が良くないせいだ。 台湾と同じだ 」 と語った。

また、2010年9月に起きた尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船と中国の漁船が衝突した事件について、日本政府が漁船の船長を釈放したことを 「 きわめて遺憾だ 」 と語った。

 中国政府が尖閣諸島の領有を主張していることについて、李元総統は 「 中華帝国覇権主義的な領土観にもとづいた主張であって、かつて朝貢していた国を自分たちの領土の外周だと考えている 」 と評し、根拠として挙げている古文書も清の時代に光緒帝が皇太后の病気を治すために民が尖閣諸島の近海で採った薬草を使い、後に島をその民に与えたというだけで、 「 国際法上、何の根拠にもならない 」 と指摘している。

 李元総統は以前、日本のメディアに 「 尖閣諸島は日本の領土であり、道理に合わないことを主張する中国に譲歩する必要はない 」 と語ったり、中国の主張を 「 美人を見て自分の妻だと言っているかのようだ 」 と話して波紋を呼んでいた。





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( 2012.07.21 )
尖閣諸島国有化
 
 


 尖閣諸島への東京都の上陸調査に対して防衛相は前向きな対応を示しています。 一方で、いきなりの選挙対策的な尖閣諸島国有化論に、地権者や地権者の弟さんが 「 国には売らん 」 と発言されています。 もともと、尖閣諸島は国に対する地権者の不信感から国有化が無理だったものを石原慎太郎東京都知事の、人間力や信用関係で 「 東京都になら売りましょう 」 と地権者が心を開き、全国から 「 税金で買うなというなら、寄付で買う 」 と、尖閣諸島寄付金に、お金が集まったのです。 石原慎太郎東京都知事の信用力と国民の想いが一つになり東京都が尖閣諸島を購入しようとしているときに、 「 衆議院選挙対策 」 で 「 尖閣諸島国有化 」 を火事場泥棒的に国が言い出したのです。 そういうことをするから、地権者が 「 国は信用できない 」 と尖閣諸島国有化が実現しなかったのも納得できます。

 一方で、海の向こう中国では、中国人弁護士が、 「 東京都の尖閣諸島購入は中国の領有権侵害なので、東京都の尖閣諸島購入寄付金を没収する裁判を中国で起こそう 」 という、 「 宇宙から何かメッセージか電波でも受けたんですか? 」 的な珍騒動が沸き起こっています。

 かつて麻生太郎元首相から聞いた話だが、麻生氏が中国を訪問するときは、必ず中華民国製地図をもって行くらしい。 で、尖閣諸島の領有問題の話題がでると、その地図を見せる。 「 この地図、おたくの国で作ったものですね、と言えばそれで相手は黙り込む 」 と笑っていた。 民国地図では尖閣諸島は日本領と明記されている。 中華民国は中国なのか、という意見はあるだろうが、中国当局者が 「 中華民国は別の国ですから、関係ありません 」 と言えるわけもない ので、黙るしかない。

 つまり立場上、絶対に口に出さないが、中国政府の官僚政治家たちは、よっぽど無知でないかぎり尖閣諸島、中国的に言う釣魚島が日本の領土として保有されていたという認識はあり、中国側の主張に理論的裏付けが甘いことも承知の上だ。 今中国側の釣魚島領有論の根拠は、明朝、清朝時代の史料にあるが、明朝も清朝も今は存在しない滅びた国であり、その国を滅ぼしたのは共産党でも中国人民共和国でもない。 政治家は政治的立場から言うことは言っても、外交上、あまりに国際常識からかけ離れたふるまいはできない( たまにやるけれど )。

 今回の尖閣諸島国有化論が出た後も、ニューヨークでは1000人規模の反日華人デモがあったが、 中国が本気で野田政権に圧力をかけようと思えば、在日華人を1万人くらい動員して官邸前でデモをさせた ことだろう。 そのあたりを観察すれば、今のところ尖閣問題に対しては様子見の姿勢を保っている。 これは政権交代前で内政が大変すぎて、対日外交にそこまで気を回せないこともあろう。




( 2012.10.28 )


 日本政府が沖縄・尖閣諸島の国有化を9月に発表したことを受け、同諸島の領有権を主張する中国が猛反発し、両国間の文化交流を中断させるなどさまざまな対抗措置を打ち出した。 中国のインターネットでも政府の強硬姿勢にあわせて 「 釣魚島( 尖閣諸島の中国語名 )を武力で奪還せよ 」 と言った勇ましい 「 主戦論 」 があふれている。 そんななか、 「 戦わずにして中国に勝てる6つの方法 」 という中国の弱点を指摘する書き込みがネットで話題となった。

 「 ヒラリー長官の警告 」 と題される書き込みは、米国のクリントン国務長官が訪中した際、中国の指導者に語った内容とされているが、実態は中国人のネットユーザーによる作り話とみられる。

 クリントン長官は中国の指導者に対し、 「 貴国がフィリピン、ベトナムおよび日本と開戦すれば、米国は6つの対策を考えている。 一兵卒も使わず、中国を負かすことができるだろう 」 と言ったという。

 具体的な「対策」とは以下のようになっている。
(1) 中国の政府高官が所有する海外の銀行口座の残高を発表し凍結
(2) 米国のパスポートを持つ中国人官僚の名簿を公表
(3) 米国に住んでいる中国人高官の家族の名簿を公表
(4) ロサンゼルスにある 「妾村」 を一掃
(5) 米国在住の中国人高官の家族をグアンタナモ刑務所に収容
(6) 中国国内の失業労働者などの不満分子に武器を提供
 内容は若干の重複があるが、今日の共産党政権の “アキレスけん” を見事に指摘した書き込みといえる。

 少し説明すると、今日の中国では、家族と財産を海外に移し、本人がいつでも逃亡できるように外国のパスポートを持っている共産党幹部が多くいる。 中国の捜査機関がなかなか手を出せないとの理由で、高官家族の移住先として圧倒的に人気が高いのが米国だ。 例えば、高速鉄道建設に絡む汚職事件で昨年に摘発された張曙光・元鉄道省運輸局長は米国で3軒の高級邸宅を持っているほか、米国とスイスで28億ドルの預金があると報道されている。

 張元局長のケースはあくまで氷山の一角といわれている。 米国が中国の政府高官の海外財産のリストを公表すれば、共産党政権への中国民衆の怒りは一気に噴出するに違いない。 中国内部が大混乱することは必至で、外国と戦争をするところでなくなる。

 また、ハーバード大学に一人娘を留学させている習近平国家副主席を始め、多くの中国の指導者の身内が米国内にいる。 すでに米国に “人質” を取られているといえ、中国の指導者は米国に強く出られない事情がある。

 「 ロサンゼルスの妾村の一掃 」 とは、多くの高官は妻を米国に移住させたほか、愛人にも米国の豪邸を買い与えている。 それがロサンゼルス周辺に集中しているため、ネットでは 「 ロサンゼルスに中国の妾村ができた 」 と揶揄されている。 妻よりも愛人を大事にしている高官が多いため、家族だけではなく愛人を一緒に刑務所送りすれば、中国高官たちへ与えるダメージはさらに大きい、ということを言いたいようだ。

 最後にある 「 不満分子に武器を提供する 」 というのはシリアの反政府勢力に欧米が武器を提供したことからえた構想のようだが、中国当局が一番恐れる措置かもしれない。

 中国国内では、土地の立ち退き問題などで毎年20万件以上の暴動が起きているとされており、不満分子に武器が提供されれば、人民解放軍を相手にたちまち内戦が始まりそうだ。

 「 ヒラリー長官の警告 」 は多くの中国国内のサイトに転載されている。 「 恐ろしい。 戦争ができないのではないか 」 「 これらのアイデアを絶対にアメリカに教えてはダメだ 」 といった感想が寄せられている。





( 2012.12.04 )
アジア諸国
 姿

 日本政府の尖閣諸島国有化に猛反発し連日示威行動を続ける中国。 軍事費の膨張ぶりも凄まじい。 はたして中国の狙いは何なのか?

 アジア・太平洋地域は、かつてない軍拡の時代に入っています。 中国は軍事費を1989年から現在までほとんど毎年、2ケタ増を続け、約四半世紀で実に30倍に増やしました。 11月25日には、中国初の空母 「 遼寧 」 の発着艦試験が行なわれました。 日本の新総理がまず立ち向かわなければならないのは、軍事的膨張を続ける中国です。

 中国の脅威に対処するために、フィリピンは軍事費を前年比37%、ベトナムも24%増やしました。

 もちろんどの国も軍事費予算を増やしたくないのが本心でしょう。 しかし、中国の侵略を防ぐには、軍事力はどうしても必要です。 実際にフィリピンの軍艦と中国の監視船が南シナ海でにらみ合いをし、フィリピンは一歩も譲りませんでした。 ベトナムも毅然とした態度で、やる時はやるという姿勢を崩してはいません。

 なぜアジア各国が懸命に中国と対峙しようとしているのか。 それは中国がどんな国であるかを理解すれば自ずと明らかになります。

 11月の共産党大会で胡錦濤氏が行なった演説はすさまじいものでした。 「 台湾問題 」 を解決して 「 中華民族の偉大な復興 」 を実現するとし、さらに 「 海洋、宇宙、ネットの安全保障を大いに重視し、平時の軍事活用を積極的に計画し、軍事闘争への備えをたえず広げ、深め 」 て、 「 多様化した軍事任務を完遂する能力を高めるべきだ 」 としました。

 さらにこうした軍事闘争を 「 軍隊に対する党の絶対的指導 」 の下で進めるというのです。 習近平氏も軍事闘争への準備を最優先課題とする旨の演説を行なっています。

 

 そうした姿勢を鮮明にする中国に、アジア・太平洋各国は非常に警戒感を強め、自国の軍事力を飛躍的に強化し、米国を中心に他のアジア諸国との軍事的連携を強化しています。 そのなかで日本のみがこの事態を認識していないのです。

 姿





( 2013.09.19 )


 尖閣諸島( 沖縄県石垣市 )への領土的野心をあらわに日本を挑発し、非難し続ける中国の論理展開がずっと腑に落ちなかった。 ただ最近、これは国内外の問題をうまく処理できずにいる中国の 「 悲鳴 」 のようなものなのだろうと、ひとまず得心した。

 中国政府高官らは 「 日本が盗み取った 」( 李克強首相 )、 「 日本の行動( 尖閣国有化 )は戦後の国際秩序と原則への重大な挑戦だ 」( 楊潔● [ 簾の广を厂に、兼を虎に ] 国務委員 )などと、激しい言葉で国際社会に訴えている。

 だが、日本は日清戦争以前から尖閣諸島をどの国も支配していないことを10年間も確認した後、国際法の要件を満たして1895年に領土に編入した。 中国が領有権を言い出したのは、それから70年以上もたった1970年代以降、東シナ海に石油埋蔵の可能性が指摘された後のことだ。

 尖閣諸島のうち昨年9月に国有化したのは魚釣島など3島だが、大正島などはもともと一貫して国が保有してきた。 なぜ今回の国有化に限って反発するのか。

 また、先の大戦後の日本の領土を法的に確認したサンフランシスコ平和条約で、尖閣諸島は南西諸島の一部と認められている。 戦後の国際秩序に挑戦しているのは、むしろ中国の方ではないか。

 外務省国際法局関係者は、中国の矛盾と一貫性のなさをこう指摘する。
「中国は最近、尖閣諸島のことを 『神聖な領土』 と言い出した。 だが大東亜戦争後、尖閣諸島を在日米軍が訓練用の射爆撃場として使用してきたことに対しても、中国はほとんど抗議すらしてこなかった」
 かように中国の論理は粗雑にすぎる。 果たして俗に言う 「嘘も100回言えば真実になる」 効果を狙っているのか。 それとも言い募っているうちに、自分でも本当にそうだと信じ込んでしまったのか ──。
「中国要人の言葉は、世論を意識した国内向けだ。 ただ、彼らは日本の主張や日本側の資料をよく知らないので、本当にそう思い込んでいる部分もある」
 対中交渉経験がある外務省幹部はこう分析した上で
「いずれにしろ、彼らが強い言葉を使うのは、国内統治と国際関係への自信のなさの表れだ」
 と強調する。

 実際、中国のプロパガンダは功を奏していない。 米国のオバマ大統領は今月5日の安倍晋三首相との会談で尖閣諸島に関し、 「 力による現状変更 」 に反対する考えを伝え、中国を牽制けんせいした。 それに先立ち先月来日した共和党の重鎮、マケイン上院議員も 「 尖閣は日本の領土 」 と明言した。

 とはいえ、日本側の足元も実は危うい。 内閣府が先月発表した尖閣諸島に関する世論調査によると、 「 戦前、日本人が居住していた 」 ことや 「 日本が有効に支配しており、解決すべき領有権問題は存在しない 」 ことを知る人は5割前後にとどまり、国民の問題意識は必ずしも高くない。

 





( 2013.12.29 )

 

 1949年に中華人民共和国( 中国 )が成立して以降、71年7月までに中国政府系の地図出版社が発行した地図の中に、領有権を主張する沖縄県・尖閣諸島について 「釣魚島」 という中国名が一切記載されていないことが29日分かった。 中国が尖閣諸島の領有権主張を始めたのは71年で、同年以前に国家測絵( 測量製図 )総局が作成した国内地図にも記載がなかった。 主張開始に合わせて尖閣諸島周辺の国境線の位置を意図的に変更したとみられることも判明した。

 46年~2003年までに中国で発行された国内・世界地図計50種類以上を時事通信が入手し、調査した。 複数の専門家によると、尖閣諸島をめぐり中国発行の地図を作成年次ごとに連続して系統的に調べたのは初めてとみられる。

 尖閣問題に詳しい芹田健太郎・京都ノートルダム女子大学学長( 国際法 )は 「政府系出版社の地図に( 中国名の )記載がないのは、領土という意識がなかったことを裏付けるものだ」 と指摘した。 こうした地図の存在は、日本の尖閣諸島国有化や中国による防空識別圏設定で対立を深める日中間の議論にも波紋を広げそうだ。





( 2015.03.16 )
:
 



中国で1969年に出版された地図
尖閣諸島が日本固有の領土を示す 「新証拠」 と位置づけ

 外務省は16日、同省ホームページに、中国政府が1969年に発行し、沖縄県・尖閣諸島が日本語名で書かれた地図を掲載した。 政府はこの地図を、尖閣諸島が日本固有の領土であることを示す 「新証拠」 と位置づけ、国際社会に広くアピールしたい考えだ。

 地図は、日本の国土地理院にあたり、測量などを担う政府機関 「中国国家測絵総局」 ( 当時 )が発行した地図集の一部。 尖閣諸島を 「尖閣群島」 と記し、日本名である 「魚釣島」 の表記もある。

 自民党の原田義昭衆院議員が2月23日の衆院予算委員会で質問した際に示し、 「このことを習近平主席、国際社会に訴えていただきたい」 と求めた。 安倍晋三首相は 「資料でお示しいただいたように、尖閣諸島は歴史的にも国際法上もわが国固有の領土だ」 として、 「新たな資料」 だと応じていた。

 外務省によると、中国政府は、国連アジア極東経済委員会が69年に東シナ海に石油埋蔵の可能性があるとの報告書を発表した後の、71年から領有権を主張し始めた。





( 2014.01.21 )


 フィリピンのスービック海軍基地とクラーク空軍基地は、かつて米国外の米軍基地としては、最大規模を誇っていた。 ところがクラーク空軍基地は、1991年6月に起きた火山噴火で使用不能となる。

 スービック海軍基地もまた、その年の9月にフィリピン上院が米比基地協定の延長を否決したために返還が決まり、翌年、米軍は撤退した。 政治経済学者のローランド・G・シンブランさんは、 「 脱米軍 」 の理論的支柱となり、基地跡地の転用にも関わった人物だという。

 シンブランさんは、2年前に邦訳が出た 『 フィリピン民衆 VS 米軍駐留 』 という著作のなかで、米軍の横暴ばかりを強調する。 不思議なことに、南シナ海をはさんで向かい合う中国の脅威には一切触れない。 実際には何が起こったのか。

 中国は、米軍の撤退を待ってましたとばかりに、フィリピンが領有を主張していたミスチーフ礁に軍事施設を建設した。 さらに、北部ルソン島沖のスカボロー礁にも、監視船などの公船を常駐させ、実効支配を強化しようとしている。 米フィリピン両軍は今、合同演習を行うなど、協力強化を進めている。 中国を念頭に置いているのは明らかだ。

 「 『 基地後 』 を生きているフィリピン人の経験は、日本と沖縄の民衆の闘いにとって大いに参考となり、沖縄の反基地運動にも貢献できるだろう 」。 日本に共闘を呼びかけるシンブランさんは、名護市長選の結果に満足しているはずだ。

 米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設にあくまで反対する稲嶺進氏の再選によって、反対派が勢いづくのは避けられない。 てつ

 過去より中国と呼ばれた地域は固定されたものではありませんでした。 時代と共に変わってきたのです。 満州が中国となったのは第二次大戦後のことです。
 中国とは、中国で権力を持つ人間が、 「ここは中国だ」 と宣言したところを言うらしいです。 チベット然り、東トルキスタン然り!
 とにかく時代が下がるほどに、中国の指導者( 独裁者 )が中国とみなす範囲は拡大する一方です。
 つまり、中国の歴史とは 「侵略と虐殺の歴史」 なのです。



( 2015.09.28 )

 



清朝・康煕帝が近代的な測量方法で作製させた「皇輿全覧図」には、本来
台湾の北東にあるはずの尖閣諸島が表記されておらず、清朝の時代から台湾に
含まれると認識していなかった
 清朝が1600年代後半に台湾を領土編入した後に作製した版図に、尖閣諸島( 沖縄県石垣市 )が含まれていないことが、拓殖大学の下條正男教授の調査で分かった。 中国政府は尖閣諸島の領有権の正当性を主張する際、 「 台湾の付属島嶼とうしょの一部であったこと 」 を根拠としてきた。 下條氏は尖閣諸島領有の正当性をアピールする資料として政府・与党に働きかける考えだ。

 「 皇輿全覧図こうよぜんらんず 」 と題する中国全土の地図で、1699年に清朝・康煕帝がイエズス会の宣教師に作製させた。 中国全土で大規模な測量を行い、製作し、1717年に完成した。 その後、初めての近代的地図として、中国全土の地図を作製する際の基準として利用されるようになった。 この地図には1683年に福建省に編入した台湾、澎湖諸島は描かれているが、尖閣諸島は含まれていない。

 中国政府は、周辺海域の海底に石油などが埋蔵されている可能性が指摘された後の1970年代に入ってから尖閣諸島の領有権を主張し始めた。 中国国家海洋局は、ウェブサイト 「 釣魚島( 尖閣諸島の中国名 )- 中国固有の領土 」 で、尖閣諸島を中国領と主張する根拠として明、清代の地図を列挙している。

 しかし、中国政府が尖閣諸島を 「 日本領土 」 と表記した69年製の地図もすでに発見されている。 下條氏は今回の発見を 「 中国政府が尖閣諸島の領有権を主張する際の歴史的根拠がないことを示す貴重な資料だ 」 と評価している。