English
英语
영어

( 2019.01.13 )

     


 中国が推進するシルクロード経済圏構想 「一帯一路」 をめぐり、パキスタンやマレーシアなどの関係諸国でトラブルが噴出している。

 重い債務負担に苦しむ国が相次いでおり、中国からの借り入れを 「債務のわな」 と警戒する動きが広がる。 習近平国家主席の提唱から5年が過ぎ、地球規模の壮大な構想は曲がり角に差し掛かっている。


 中国の在外公館襲撃

 「中国は土地の占領と資源の収奪を目指している」。 パキスタン南部カラチにある中国総領事館が2018年11月、武装集団の襲撃を受け、パキスタン人警察官や市民ら4人が死亡。 分離独立を唱えるバルチスタン州の過激派 「バルチスタン解放軍( BLA )」 が犯行声明で、中国を厳しく非難した。

 中国の友好国であるパキスタンは 「一帯一路プロジェクトの要衝」 ( 北京の外交筋 )と言われる。 現在、中国西部とパキスタン南西部グワダル港を結ぶ中パ経済回廊( CPEC )の構築が進むが、襲撃が相次げば事業の遂行に影響が出かねない。

 スリランカでは中国からの借り入れで港湾を整備した結果、返済不能に陥り、中国国有企業に99年間にも及ぶ運営権を譲渡。 債務のわなにはまった典型例と言われた。 モルディブでは、中国の資金で住宅開発などを進め、対中債務は国内総生産( GDP )の4分の1超に膨らんだとされる。


 地元にメリットなし

 東南アジアでも混迷が拡大。 マレーシアでは、中国の銀行融資などで建設する東海岸鉄道線計画をめぐり、 「マレーシアに何のメリットもない」 ( マハティール首相 )と見直しの動きが出ている。 ただ、一方的に中止すれば中国側に多額の違約金を払う必要があり、対応を検討中だ。

 中国は15年、日本との競争を制し、インドネシア・ジャワ島の高速鉄道建設を受注。 だが、土地収用が順調に進まないことを理由に中国側が資金を出し渋り、今年5月の完成予定が少なくとも2年遅れとなっている。




中国 「一帯一路」 覇権街道の 「いま」
カンボジア

 1970年代末に鄧小平が最高権力を握ってから現在までの歴代中国共産党政権は、経済成長至上の道を驀進する一方で、権力と合体した特権層を生み出し、腐敗・不正を日常化させ、社会の格差と環境破壊をもたらすこととなった。 前者をGDP( 国内総生産 )至上主義、後者を特権腐敗社会主義と呼んでおく。

 現実に庶民の日常生活が向上し国威発揚が図られているわけだから、GDP至上主義が悪であると糾弾できそうにない。 その1例が今年の春節にブルネイで目にした光景 ―― 中国でも貧しい地方に属する広西チワン族自治区の住民までもが海外旅行を楽しめるようになっていた ―― であり、習近平政権が先進技術のさらなる革新を目指して掲げた 「MADE IN CHINA 2025」 だろう。

 この計画が先進技術による世界制覇を狙ったものだからこそ、トランプ政権が計画達成阻止に動いたとしても強ち不思議ではない。 目下エスカレートするばかりの米中貿易戦争も、その一環だろう。


 「腐敗」 は中国の 「伝統」

 GDP至上主義が特権腐敗層と結びつくことで、腐敗・不正を雪だるま式に拡大させることが問題とされる。 だが、その原因を共産党による独裁に求めるだけでは問題は解決しそうにない。

 それというのも、林語堂が 『中国=文化と思想』 ( 講談社学術文庫 1999年 )で指摘しているように、中国においては伝統的に 「 『賄賂を取る』 は規則動詞」 であり、同時に 「中国には実際にはただ二つの階級しかない。 一つは特権を享受している官僚階級であり、もう一つは税を納め、法に従わねばならない非官僚階級、すなわちただの人である」 からだ。 ここでいう 「官僚階級」 は現在に置き換えるなら幹部であり、 「非官僚階級」 は一般国民に当たる。 いわば共産党独裁によるGDP至上主義は、格差と環境破壊という猛毒を撒き散らしながら、悪しき伝統を復活させてしまったということだ。

 1989年6月に天安門事件が発生したことで、鄧小平式開放路線は頓挫の危機に直面した。 対外開放から10年程の試行錯誤を経て、漸く経済発展が成長軌道を描き始めた頃、独裁政権に反対し、民主化を求める声が高まったのである。 このまま民主化を求める勢力に押されて、共産党の権力基盤を動揺させるわけにはいかないと考えた党長老を中心に、共産党を守るために鄧小平路線を即刻中止せよとの声が沸き起った。 長老を含む共産党幹部の多くが1党独裁によって享受してきた既得権益を失うことを恐れるがゆえに、声を上げたであろうことは容易に想像できる。 かくて鄧小平独裁体制は危機を迎えた。 ここまでは西欧社会が秘かに願っていた筋書き通りの展開だったように思える。

 あの時、既得権を守るため鄧小平を政権の座から引きずり降ろし、対外開放を停止させ、 「竹のカーテン」 で国境を閉じていた毛沢東時代のように戻っていたら、中国は金正恩率いる北朝鮮の “超巨大版” に退行していた可能性すら考えられる。 そんな中国が出現していたなら、世界の政治や経済の構造は現在とは大いに違い、ドナルド・トランプ大統領主導の米中貿易戦争など考えられようもなかったはずだ。


 共産党独裁と市場経済の「双贏関係」

 こう見てくると、天安門広場で展開された民主化への動きを断固として押さえ込み、社会の安定を目指しながら対外開放路線を堅持・加速させることを内外に向けて鮮明に打ち出した1992年1~2月の 「南巡講話」 が、現在の中国がかたちづくられるうえで決定的な役割を果たしただろうことを、やはり認めざるを得ない。

 天安門事件後の混乱した社会にあって鄧小平が南巡講話の大号令を掛けていなかったら、現在の強固な独裁政権による市場経済、いわば中国式市場経済とでも呼ぶべきシステムが生まれることはなかっただろう。

 共産党独裁を堅持するために、鄧小平は経済面においてのみ社会主義をキレイサッパリと棄て去って市場経済に大きく踏み込んだ。 かくして世界は、独裁政権と市場経済が ―― 中国得意の表現に倣うなら ―― 「双贏ウイン・ウイン関係」にあることを知らされたのである。 同時に、中国で経済が発展して生活レベルが向上すれば、国民の意識が民主化され独裁政権は揺らぎ、やがて崩壊して民主化されるだろうという西側諸国の目論見 ―― 天安門事件の際に鄧小平式が強く反発した 「和平演変」 ―― が、絵に描いた餅に過ぎないという現実を見せつけられたわけだ。

 独裁政権は市場経済をフル回転させるだけではなく、国境を越えてグローバル資本と蜜月関係を結ぶことも厭わない。 人々は生産者であり消費者であったとしても、政治的発言者であってはならないという1点において、独裁政権とグローバル資本との利害は一致し、両者は 「双贏関係」 で結ばれた。

 強力な独裁政権によって社会を安定させ外資を呼び込む。 社会の安定が長期的に予想されるからこそ、日本やら欧米などの外国企業は、安価な労働力を求めて資本と先進技術を持ち込んだ。 かくして中国は毛沢東時代の貧困を脱し、世界の工場を経て大消費市場へと変貌を遂げ、経済大国への道を疾走しはじめた。

 これを経済発展の中国モデルとするなら、現在の東南アジアを見回した時、カンボジアを中国モデルの優等生として挙げることができるだろう。


 独裁を強めるカンボジア「フン・セン首相」

 フン・セン首相は総選挙という “民主的手続き” に基づき、30年余りの長期に亘ってカンボジアに君臨し、年を経るごとに独裁化の度合いを深めている。 いまや司法は政権にとっての補完機関となり果てた。 “合法的手続き” に則って野党有力指導者が次々に国外追放され、野党は解散処分。 政権批判は封じられ、いまや反フン・セン勢力は消えたも同然だ。
 かくて社会が安定すればこそ中国を筆頭とする外資が次々に導入され、経済成長が続く。 1970年代後半のポル・ポト政権時代のキリング・フィールドは、いまやビジネスのフロンティアーと化した。 カンボジア日本人商工会の正会員となっている日本企業は、今年5月の段階で185社を数える。 35社だった2008年に較べて、10年で5倍強の伸びだ。

 3月初旬、カンボジア国防省はフン・マネット武装警察部隊副司令官(40)を3軍統合参謀長へ昇格させると発表した。 アメリカ陸軍ウエスト・ポイント士官学校を卒業した彼は、名前からも想像できるようにフン・セン首相の長男である。 この人事発表から3カ月ほどが過ぎた6月30日、彼は3軍統合参謀長兼陸軍司令官にスピード昇進したが、引き続き首相身辺警護部隊副指揮官兼国防部反テロ部門統括官も務めている。

 次男のフン・マニット(36)は安全保障部門を統轄する陸軍情報総局局長であり、昨年12月に陸軍大佐に昇進したとされる3男(35)のフン・マニは、与党・カンボジア人民党の青年運動部門を統括する。 加えて今年1月にはフン・セン首相の娘婿が国家警察副司令官に就任した。

 どうやらカンボジアにおける国防・治安部門はフン・セン首相一族によって占められたようだ。 国防・治安部門のトップから非フン・セン首相系が排除されつつあるとの報道もある、一連の人事は偶然というより、やはり意図的に行われたと見做すべきだ。


 独裁の背景にある「中国モデル」経済発展

 振り返れば1970年代末のポル・ポト政権崩壊後に成立したカンボジアの最高権力機関である人民革命評議会で、世界最年少の27歳で外務大臣( 同評議会外務担当副議長 )に就任して以来、フン・セン首相は一貫して政権の中枢に在った。 初期にはヴェトナムを背景に権力基盤を固め、1980年代末から数年続いたカンボジア和平交渉においては日本とタイの影響力を背景に外交上の得点を重ね、国際的知名度をあげる一方、国内では1993年に国連監視下で実施された総選挙で共同首相( 第2首相 )に就任して以来、軍事クーデターや選挙干渉によって政敵を排除し、超長期政権への道を歩んできた。

 フン・セン政権も当初はポル・ポト時代の恐怖政治の残滓を取り除き、国内対立の解消を掲げ社会の安定を目指した。 実際、社会を安定させ外資を呼び込み経済成長路線を始動させたことは確かだが、特権富裕階層を生む一方で新たな国内対立を引き起こすことになった。

 独裁化の道に舵を切ったフン・セン政権は特権富裕階層に軸足を置き、民主化を求める声を “合法的” に押さえ込んできた。 ここでフン・セン政権について 「民主を破壊する」 と非難することは容易だが、貧困からの脱却を求める圧倒的多数の 「声なき声」 に向って 「先ずは民主だ」 と説得することは至難だろう。 極論するなら、民主では腹は膨れないからだ。

 7月29日に実施された総選挙の結果は、8月15日の正式発表を待つまでもなくカンボジア人民党の圧倒的勝利( 125議席独占 )に終わった。 同党スポークスマンは 「民意は我が党を支持した。 我が党が導くことでカンボジアは繁栄する豊かな国家となる」 と語っている。 白々しい限りの勝利宣言ではあるが、その背景にカンボジア経済が拡大基調を維持しているという事実があることは否定できない。


中国 「一帯一路」 覇権街道の 「いま」
タイ、マレーシア、ミャンマー、そして日本

 1970年代後半のカンボジアを支配したポル・ポト政権の後ろ盾は中国共産党であり、カンボジア全土はあたかも毛沢東思想の実験場と化していた。 ヴェトナムの強力な支援を受けて反ポル・ポト陣営の一員に加わったフン・センが権力の頂点に立ち独裁の度合いを強め、GDP至上主義の道に転じた今、ポル・ポト政権当時とは較べるべくもなく中国寄りの姿勢を貫いている。 いや一部には 「中国の植民地」 との酷評すら聞かれる。 歴史の皮肉というべきか。 あるいは 「漢族の熱帯への進軍」 による必然か。

 たとえば2017年にカンボジアに投じられた外資の53%は、中国資本が占める。 「一帯一路」 を掲げて嵩にかかってカンボジアに進出する中国からは、過去2年の間に官民合わせて30億ドル近い資金が投入されたとも伝えられる。 カンボジア最大のシハヌークビル港の再開発のために2016年から今年3月にかけて投じられた13億ドルのうち、11億ドルは中国資金だ。

 フン・セン政権はシハヌークビル港周辺の広大な土地( バチカンの20倍に相当 )で、2020年完成を期して経済特区の建設を進めている。 さしずめ 「カンボジア版深圳」 といったところだろうか。 ここに中国から300余の製造業者が進出し、1万人余の雇用機会を創出するという。 すでに100余の企業が進出し、一帯一路に沿ってカンボジアと周辺国、さらにヨーロッパ市場との中継基地化を狙っている。

 目下のところ中国が絡んだと伝えられているインフラ建設は、プノンペン―シハヌークビル港間の幹線道路、発電所建設、海洋石油探査など総計42億ドル規模に達する。

 これほどの資金投入は、カンボジアの体力からして過重であり、いずれ借金漬けとなってカンボジアを危機的状況に陥れるという指摘もある。 だが、人民元の怒涛の進撃を前にして打つ手はない。 トランプ政権は東南アジアへの介入の度を加えると宣言するが、ブルネイで痛感したように、極論するなら最早手遅れに近いのではないか。


 異例の長期化「タイ暫定政権」

 カンボジアの隣国であるタイに目を転ずると、反政府批判を抑え込むなど独裁体制の強化を続けるプラユット・チャンオチャ政権は、発足以来4年余を経過しているものの、飽くまでも暫定政権なのだ。

 クーデターによる政権交代の歴史を重ねてきたタイでは、クーデター実施1年程の後に総選挙が実施され、暫定政権から民政に移管されることが通例であった。 9世王( 前プミポン国王 )の健康不安が続き、2016年10月の逝去があり、1年間の服喪期間を経て王国タイにとって最重要の国事行為、つまり葬儀を執り行わなければならなかったという事情を考慮したとしても、異例ともいえる長期の暫定政権ではある。

 国王葬儀終了後、プラユット政権は総選挙実施時期を具体的に示すようになったが、2018年6月実施予定が11月に変更されたように先送りされるばかりであり、現在では2019年前半が明言されている。 だが、10世王( 現ワチュラロンコーン王 )の戴冠式、さらには10世王の王母であるシリキット前王妃の体調を考慮するなら、総選挙が来年前半からさらに延期される可能性も否定できない。

 だとするなら政権の暫定期間はさらに伸びる。 新憲法や新選挙法からして総選挙が行われたとしても暫定の2文字が取れるだけで、プラユット政権の長期化の既定路線のように思える。

 プラユット暫定政権の長期安定化は当然のように経済指標に反映され、2018年のGDPの伸び率を筆頭に、タイ経済の主力である輸出入、製造業、観光、農業などが揃って右肩上がりを予測されている。 好調経済を背景に一帯一路と絡めた大型案件( EEC=東部経済回廊整備、高速鉄道建設など )が、今年中に本格スタートする。


 経済低迷に苦しむミャンマー

 ハイフォンの経済特区である 「DEEP C工業団地」 など大型インフラを次々に完成させたヴェトナムでは、経済は好調に推移している。 フィリピンではドゥテルテ政権は外交的に是々非々路線を語るが、中国傾斜は否めない。

 マレーシアではマハティール・ビン・モハマド政権がナジブ・ラザク前政権の総点検を終えた後に、新たに対中関係を模索することになろうか。 経済的に中国との関係を断つことは、やはり非現実的だろう。

 他のASEAN( 東南アジア諸国連合 )諸国が中国との経済関係を深めてゆく中で、ミャンマーのみが経済低迷に苦しむ。 前テイン・セイン政権下の2015年度に年間100億ドルに近づいた外国からの投資認可額は、アウンサン・スーチー政権1年目の2016年度には66億ドル規模に、2017年度では57億ドル規模と2年連続で減少している。 しかも発電や不動産関連が主力であり、期待の製造業への投資は少ない。

 ロヒンギャ問題の解決に筋道が見つからないままに、3月21日にはティン・チョー大統領が 「休みを取るため」 に辞任し、実質的な最高権力者であるアウンサン・スーチー国家顧問兼外相も体調不安が伝えられるなど、なにやら不穏な空気が漂いはじめた。

 7月21日には、ロヒンギャ問題解決に向けて設置された国際諮問機関のメンバーでタイの元議員、元外務省高官でもあるコープサック・チュティクーンが、職務遂行不可能を理由に辞意を表明している。 どうやら資金欠如に加え、定まらない方針が同諮問機関運営の阻害要因といわれる。 ロヒンギャ問題を巡る複雑な内外状況が見て取れるようだ。

 おそらく民主化の闘士のままであったなら、彼女はロヒンギャ問題解決に向けて内外へ強力にアピールできただろう。 だがミャンマーにおける 「唯一の指導者」 となった現在、それは不可能に近い。

 ロヒンギャ問題解決に積極的姿勢を見せないことを過度に批判することは、彼女が敵対した独裁者のタン・シュエ将軍が歩いた親中路線に、彼女を追いやってしまうことに繋がる。 となれば、ミャンマーを回廊にインド洋への進出を進める中国の思うが侭の展開となってしまうだろう。


 「大竜」と呼ばれた日本

 かつて日本では東アジアの経済開発を巡って 「雁行形態論」 という理論がもてはやされたことがある。 1935(昭和10)年に経済学者の赤松要によって提唱され、戦前・戦中は埋もれていた経済発展に関する一般的理論だが、日本が高度経済成長期を経て東南アジアを軸に海外進出に転じ始めた1970年代に入って生まれ変わり、脚光を浴びるようになった。 東アジア諸国経済を雁の編隊飛行に例え、経済先進国である日本が周辺後発国に生産拠点を移転させることで、周辺後発国の経済発展を牽引する ―― 先頭を飛行する日本という雁をモデルにして、後発国は経済成長が可能になる ―― というのだ。

 この理論が正しかったのかどうかの検証はともあれ、1970年代以降、シンガポール、台湾、香港、韓国などが経済成長を遂げ、これらが 「4つの小竜」、日本が 「大竜」 と呼ばれるようになった。 すると、日本、シンガポール、台湾、香港、韓国の共通項を儒教に求め、 「儒教資本主義」 「儒教経済圏」 なる考えが持ち出された。

 この考えを主導した中嶋嶺雄は 「各国地域の経済発展は様々であるが、ひとたび 『離陸』 ( テイク・オフ )が開始された社会においては、儒教文化ないし漢字文化の伝統を有することが近代化と経済的・社会的発展の促進要因になっているというメカニズムを具体的に解明し、これを学問的に受けとめることが重要である」 ( 溝口雄三・中嶋嶺雄編著 『儒教ルネッサンスを考える』 大修館書店 1991年 )と説く。


 「雁行形態論」の主役となった中国

 いまや日本では、 「雁行形態論」 「儒教資本主義」 「儒教経済圏」は聞かれない。

 これらの考えが正しかったか否かの検証は必要だろうが、ASEANの現実を見る限り、 「雁行形態論」 の主役は残念ながら中国に移ったといえる。 もちろん独裁政権と市場経済という枠組みに基づくものであり、現在の中国が 「儒教」 を基盤に動いているなどと考えることはできない。 ただ、少なくとも 「漢字」 ―― 簡体字は漢字ではないという異論はあろう ―― で意思疎通が行われていることは確かだろう。

 「雁行形態論」 「儒教資本主義」 「儒教経済圏」 は、中国が対外閉鎖された状態であるがゆえに、日本が東南アジアにおいて自由に振る舞えた時代の “仮説” に過ぎなかったとしか思えない。 中国が対外開放に踏み切り、あまつさえ内向きの度合いを深める日本を尻目に独裁政権と市場経済を合体させた中国モデルを引っ提げ、東南アジアで圧倒的存在感を見せつけている現実を、いまこそ冷静に受け止める必要がある。

 いまなすべきは中国崩壊論に我が意を得たりと納得することでも、中国崩壊論の崩壊を呟いて悦に入ることでもなく、東アジアの将来のあるべき姿を構想することではないか。 中国大陸、それに朝鮮半島という厄介な存在から逃れられない日本にとって、それは避けては通れない道ではなかろうか。