8月末、上海で所用を済ませ虹橋ホンチャン飛行場から広州へ飛んだ。 空港の書店で山のように積まれた 『上海沈没』 3部作を見て、躊躇なく買ってしまった。
 メチャクチャな産業政策と公害垂れ流しによる大気汚染。 毒性材料や薬品を勝手に放出する河川の汚染によって異常気象が発生、黄砂によって北京は砂漠化、長江が氾濫して上海は沈没する、という近未来シミュレーション小説だ。
 地球温暖化で氷河が溶け始め、地球が水浸しになるという、アル・ゴア元米国副大統領らによって語られた 『不都合な真実』 の中国版とも言えるストーリーだが、今、中国の知識人に広く読まれているという。
 しかし、これがあながちフィクションとは言えないところが中国の恐いところだ。
 今年6月までの中国の水害は22の省、自治区、直轄市におよび、152万ヘクタールの農地が被災、死者95名、行方不明21名、5万6千棟の家屋が倒壊し、被災者合計は2060万人に達した。
 さらに、7月の集中豪雨により各地で土砂崩れや河川の氾濫が相次ぎ、新華社によれば7月6日から18日までの被害者は1926万人。 これは1998年の大洪水を上回り」 ( 新華網、2010年7月19日 )、軍が中国各地に災害救助に派遣された。
 7月下旬には、世界最大の三峡ダムが毎秒7万トンという放水を行って下流域は水浸しとなった。
 1998年の洪水被害は4150名が犠牲になったが、放水は毎秒2万トンだった。 今回の放水前に下流域住民に退去命令が出て、ほとんどの家屋は土砂に埋まった」 ( ヘラルドトリビューン、7月21日 )。
 ダムの高さは185メートル( 貯水の限界は175メートル )。 毎秒12万トンまで流れ込んでも大丈夫という設計だったが、手抜き工事のため、亀裂が目立ち、危険だと何度も指摘されている。 もし決壊すれば“津波”は下流の武漢、南京どころか上海にまで達し、一説には、日本の近海にも津波被害が及ぶとも言われている
 大げさに聞こえるが、40年前のチリ津波は地球の反対側の日本に達し、三陸海岸に押し寄せ甚大な被害をもたらした。 04年のスマトラ沖地震で惹起じゃっきされたインド洋津波が、周辺諸国に20万人の犠牲をもたらしたことは記憶に新しい。
 古い記録では、1938年6月の黄河決壊も甚大な被害をもたらした。
 これは、日支事変で河南省開封まで怒濤の進軍を続けていた日本軍の進路を阻もうと、蒋介石が商震将軍に命じて開封 鄭州間の花園堤防を爆破させ、人為的洪水を引き起こさせて日本軍の進撃を阻んだ大事件 である。 犠牲者は89万人とも100万を超えたとも言われている。 蒋介石はこれを日本軍の空爆によるものだと偽情報を流し、日本軍が災害出動した事実を伏せた。




 中国の内部情報によれば、そうした最悪の事態にそなえ、下流域80万世帯の強制移転が近く実施されるという。 公式の報道でも重慶市全人代は、三峡ダム周辺の住民30万人前後の立ち退きが必要であるとしている。
 三峡ダムの貯水が開始されて、上流域で水没した面積は3725万平方メートル。 水没した工場は1397蔽で、鉄道、道路、送電線、工場、民家、農地、公衆便所などが水底に沈んだ。 今日までに113万8千人が重慶などへ移住した。
 重慶には出身地の村々による新住宅地が984ヵ所開発され、中央政府はダムの工事費などを合わせて542億元を投資した。 日本 円で7兆5千億円である。 当初の計画では立ち退きは80万人、予算は3兆円だったことを考えると、結果は予想を大きく上回るものだったことがわかる。
 被害は大きく分けて3つある。
 まず水質の汚染。 化学肥料工場、医薬品工場は毒性の原料もろとも水没した。 加えて多数の厠の水没により、汚染が悪化。 生態系を変え、川に生息した魚の大半が死滅した。 付近住民には原因不明の病気、食中毒が顕著に報告され、住民の暴動も起きている。
 2つ目は地滑り、崩落による小規模な地震だ。 水の下には鍾乳洞など地表から見えなかった空間があり、そこから水が地面の内部に入り込んみ、土砂崩れなどが発生する。 崩落危険箇所は4千あると推測されており、すでに地震は数千回も発生している。 08年5月12日の四川省大地震は三峡ダムが遠因ではないか、という説もあるくらいだ。
 3つ目は移住した住民等の雇用不安。 これが治安悪化をまねき、小規模な暴動は日常茶飯事となっている。
 予想した範囲を超える被害で、当局は慌てて対応に追われている。
 8月8日、今度は甘粛省チベット自治州舟曲県を豪雨による土石流が襲った。 死者・行方不明2千名。
 温家宝首相は直ちに現地に飛んだが、これには理由がある
 被災地の隣、険西省の太白山付近にある秘密都市 「基地22」 ( 地図には出ていない )だ。 ここには地下に大規模な核兵器貯蔵庫がある。 秦嶺山脈の太白山をまるごと堀って、450キロ平方にも及ぶ貯蔵基地と鉄道による連絡網を持つ地下都市のような大要塞で、すでに米国の情報筋によって存在は明らかにされている。
 この核要塞は大陸間弾道弾発射基地としての地下サイロの役割ばかりか、秦嶺山脈のトンネルを縦横に繋げて運搬ルートを多様化させ、中国の6ヵ所にあるミサイル発射基地と結んでいる。 被災地との距離は僅かに300キロ弱。 軍が大慌てで現地人りしたのは、実はこのためだったのだ。




 同じような状況が、四川省地震の時にもあった。
 成都に近い都江堰も四川省地震の被害にあった。 ここは古代中国の濯漑設備が残る観光の名所だ。 眉山から北東部の九案溝にも被害が及び、重慶市にも被害が及んだ。
 この時、中国人民解放軍はパラシュート部隊と特殊部隊を現地に送り、学校児童の救出を後回しにして 「特殊任務」 に就いた。 四川省地震の震源とされた( シ+文 )川から北川にかけて地下要塞が張り巡らされ、核兵器開発所ならびに核兵器が大量に隠匿されていた からだ。 つまり、児童救出ではなく、核兵器の安全確保に動いたのだ。 人民の命など、ほったらかしだ。
 今回被害にあった甘粛省舟曲県は映西省、四川省等に隣接した人口14万5千人の都市で、3割がチベット族だ。
 中国政府は、この少数民族が、災害の被害から暴動を起こすのではと考え、現地に災害対策本部を設置した。
 少数民族の抑制をし、核兵器要塞にも近い。 救援部隊を投入すれば宣伝にもなるので、まさに一石二鳥だったのだ。
 サウスチャイナ・モーニング・ポストは 「舟曲県の災害は砂防ダムに欠陥」 と報じ、 「土石流の強度に耐えられない設計であったばかりか補助ダムが造られていなかった」 と建設の手抜きを指摘した。
 そんな中、今度は遼寧省南端、北朝鮮との国境の鴨緑江が決壊した。 鴨緑江を臨む国境の町、丹東市は韓国からの観光で賑わい、人口も240万人にのぼる。
 8月19日から21日にかけて降った雨により、水が鴨緑江からあふれ出し、中国と北朝鮮の国境に洪水、浸水、土砂崩れの被害をもたらした。
  「中国側だけで12万7千人が避難し、損害は1億ドル。 北朝鮮側は5150名が避難したとだけ伝えられている」 ( ヘラルドトリビユーン、8月23日付け )
 緊急援助隊が派遣され、華字紙の 「多維新聞網」 も写真多数を配し、被害は未曾有と報道した。 新義州の公共建物ならびに田畑はほぼ冠水した。
 堤防が完備されていた丹東市でさえ、市内の川岸一帯は1メートル以上冠水し、10数万の市民が避難した。
 鴨緑江には、朝鮮戦争のとき米国の空爆で破壊された 「断橋」 がある。 ここは、中国の丹東市から北朝鮮の新義州を結ぶ鉄道と貨車輸送の別の橋が大動脈だ。 これも被害を受けたのだから、今後の北朝鮮の経済に相当な悪影響が出るだろう。
 金正日は災害を横目に、8月26日から今年2度目の中国訪問を敢行したが、被災地の新義州ルートを避け、集安から長春へ入りハルビン、牡丹江へ乗り継いで図椚から帰国。 意図的に鴨緑江を避けた。




 豪雨被害が広がる一方、黄河は干上がり、北京は水涸れになっている。
 北京の北80キロまで砂漠化か進み、北京の水瓶である密雲湖と官庁湖は水底が見えるほど。 いまや地下水は1千メートル掘らないと出てこない。
 そこで黄河の17倍の水量を誇る長江から黄河へ3本の大運河を建設し、深刻な華北の水不足を一気に解決しようと構想されたのが 「南水北調」。 隋の場帝が掘削した大運河の現代版で、長江から同時に3本のルートを敷設しようという大プロジェクトだ。 毛沢東の 「南方水多 北方水少如有可能、借点水来也是可以的」 という比喩から名づけられた。
 日本円で総額6兆円か投じられた工事は2002年に始まり、2011年完成予定だったが、最近こっそりと 「さらに5年延期」 が発表された。
 西線のトンネルなど難工事箇所が多く、途中にある洪滓湖( 湖北省最大 )、駱馬湖( 江蘇省 )、東平湖( 山東省 )などでは水位を調整しポンプ揚水するため新しくダム建設が必要で、そのために住民30万人以上の立ち退きをしているから時間がかかつているのだ。
 実は、中国はもう一つ気宇壮大なとんでもないプロジェクトを推進している。
 チベット高原が源の長大な河川は北寄りに黄河、閥江、長江などが流れ中原を潤している。 南には河川には怒江、ランツアン江、元江などがあり、それぞれがベトナム、ラオス、ミヤンマーヘ流れこんでいる。
 ラオスに至るランツアン江はメコン河と名称を変え、2大支流となってタイとカンボジアヘと流れており、川魚の漁業のほか小船による貿易で栄えている。 怒江( ヌー河 )は雲南省で南へ向きを変え、ミヤンマーに流れ込んでサルウィー河となりアンダマン海まで流れている。 ミヤンマーの南北を貫く河川の1つだ。 元江( ユアン河 )はベトナムヘ流れ込み、ホン河となる。 ベトナム北方の田園地帯の重要な水資源である。
 なんと中国は下流水域の国々に一言の相談もなく、これら上流水域に合計20ものダムを作ることを決めてしまったのだ。 しかも計画の内容は不透明で、一方的に下流域の人々に立ち退きを命じた。




 中国国内の立ち退き組は、雲南省だけでおよそ50万人にのぼる。 この雲南省はペイ族、リ族、ミャオ族、ペイ族など23の少数民族が共生する珍しい地域だ。 少数民族へは強圧的な態度なのだろう。
  「巨大ダムのなかには三峡ダムより大きな規模のものも含まれ( 世界一のアーチ型ダムが2013年に完成予定 )、建設は急ピッチで進んでいる。 これによって下流域にいたる生態系が破壊されると環境団体は抗議している」 ( 英誌 『エコノミスト』、2010年7月10日号 )
 ダムは流域住民の生活を根底的に変え、破壊する。 漁民は職を失うし、農家には水が来なくなる。
 最大の問題点は下流域で飲料水、工業用水が確保できなくなることだ。 中国が上流で水をコントロールできれば、下流域のベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、ミヤンマーの水資源を完全に支配することになる。
 タイの有力紙 『バンコックーポスト』 紙は、 「メコンを殺すのか」 と社説に書いて抗議した。 ベトナムでもカンボジアでも反対運動が起きている。
 しかし、中国は 「ダム建設により電力供給が豊富となり、しかも洪水などの被害を回避できる科学的プロジェクトであり、いったい下流域諸国は何か不満か」 と知らん顔。 むしろ、中国は下流域にもダムを建設してあげようと政府高官の買収にとりかかったくらいだ。
 たとえ下流域の諸国でダムを建設したところで、水をコントロールし、政治力を発揮できるのは上流の中国だけである。
 しかし、肝心のダム建設が手抜き工事では、いずれ崩壊する のは目に見えている。
 『上海沈没』 どころの話ではない。





( 2017.07.03 )

 


 四川省で起きた大規模な山崩れは、本当に大雨だけが原因なのか。 世界最大の三峡ダムが一帯で大地震を頻発させているという指摘があり、さらには砂礫により、ダムそのものも機能不全に陥っている
 6月24日、中国・四川省で大規模な山崩れが発生した。 中国メディアによれば、住宅62戸が土砂に埋まり、120人以上が生き埋めになったという。 山崩れの現場は、四川大地震と同じ場所であり、ここ数日、大雨が降りつづいて地盤が緩んでいたことが原因だとされる。 だが原因はそれほど単純なものではないだろう。

 2008年5月に発生した四川大地震はマグニチュード7.9を記録し、甚大な被害をもたらした。 震源地近くでは地表に7メートルの段差が現れ、破壊力は阪神・淡路大震災の約30倍であった。

 専門家は、四川盆地の北西の端にかかる約300キロにわたる龍門山断層帯の一部がずれたために起きたと分析し、これによって地質変動が起こり、龍門山断層帯は新たな活動期に入ったと指摘している。 今後、さらに大規模な地震が発生する可能性が高いのである。

 四川盆地はもともと標高5000メートル級の山々がつらなるチベット高原から急勾配で下った場所に位置する標高500メートル程度の盆地で、ユーラシア・プレートと揚子江プレートの境界線の上にあり、大小さまざまな断層帯が複雑に入り組む地震の多発地帯である。

 それに加えて、最近の中国の研究では、地震発生の原因のひとつは 「三峡ダム」 の巨大な水圧ではないかとの指摘がある。 ダムの貯水池にためた水の重圧と、地面から地下に沁みこんだ水が断層に達することで、断層がずれやすくなったという分析である。




 三峡ダムは、中国政府が 「百年の大計」 として鳴り物入りで建設した世界最大のダムである。 16年の歳月を費やして、四川省重慶市から湖北省宜昌市にいたる長江の中流域の中でも、とくに水流が激しい 「三峡」 と呼ばれる場所に建設された。 竣工は2009年だ。

 ダムは70万キロワットの発電機32台を擁し、総発電量2250万キロワットを誇り、当初の計画では、湖北、河南、湖南、上海、広東など主要な大都市に電力が供給され、全中国の年間消費エネルギーの1割を供給でき、慢性的な電力不足の解消に役立つはずだった。

 だが、建設中から数々の難題が生じた。 まず 「汚職の温床」 と化した。 総工費2000億元のうち34億元が汚職や賄賂に消えた。 国民の多大な犠牲も強いた。 はじめに地域住民約110万人が立ち退きを迫られ、強制的に荒地へ移住させられて貧困化し、10万人が流民になった。

 李白、杜甫、白楽天などの詩に歌われた1000カ所以上もの文化財と美しい景観が水没し、魚類の生態系が破壊され、希少動物の河イルカ( ヨウコウイルカ )が絶滅したことは、中国内外で議論の的になった。

 そればかりではない。 四川大地震が発生した同じ2008年、竣工を目前に控えた三峡ダムで試験的に貯水が開始されると、下流域でがけ崩れと地滑りが頻発した。 この年の9月までに発生したがけ崩れと地滑りは、合計32カ所、総距離33キロに達し、崩れた土砂の量は約2億立方メートルにのぼった。

 その後の調査で、地盤の変形などが合計5286カ所見つかり、大きなひずみが生じていることが判明した。 ダムの構造物や防水壁には約1万カ所の亀裂が見つかり、補修に奔走した。

 そして2009年、三峡ダムが完成すると、今度は気候不順が起きた。 貯水池にためた膨大な量の水が蒸発して大気中にとどまり、濃霧、長雨、豪雨などが発生するようになったのだ。

 気候不順は年々激しくなり、2013年までに、南雪災害、西南干ばつなどの災害が相次いだ。 2016年にも豪雨による洪水が発生。 エルニーニョ現象が原因だとされたが、死者、行方不明者は128人にのぼり、中下流域で130万人が避難を余儀なくされた。

 大地震が次々に起きた。 2008年の四川大地震以外にも、汶川大地震、青海省大地震など、毎年のように大小の地震が発生した。 2014年には、三峡ダムから約30キロ上流にある湖北省でマグニチュード4.7の地震が連続して2度起きている。

 総じてみれば、人工物である三峡ダムが天気や地震にまで影響を及ぼすとは、まるで信じられないような話ではある。 水が流れず、貯水できず、解決策も見いだせない。

 だが、三峡ダムにとって、さらに深刻な事態がもちあがっている。 長江上流から流れて来る砂礫で、ダムがほぼ機能不全に陥り、危機的状況にあることだ。

 怒涛のように押し寄せる大量の砂礫で貯水池が埋まり、アオコが発生してヘドロ状態になっている。 ヘドロは雑草や発泡スチロールなどのゴミと一体になり、ダムの水門を詰まらせた。 ゴミの堆積物は5万平方メートル、高さ60センチに達し、水面にたまったゴミの上を歩ける場所があるほどだという。 地元では環境団体などが毎日3000トンのゴミを掻き出しているが、お手上げ状態だとされる。

 重慶市でも、押し寄せる砂礫で長江の水深が浅くなった。 水底から取り除いた砂礫は50メートルも積みあがった。 重慶大橋付近の川幅はもともと420メートルあったが、橋脚が砂礫に埋もれて砂州となり、今では川幅が約半分の240メートルに狭まっている。 大型船舶の航行にも著しい支障をきたしている。

 水が流れず、貯水できないダムなど何の役にも立たないが、三峡ダムが周囲に及ぼす悪影響は、この先、増えることはあっても減ることはないだろう。 中国政府も技術者も根本的な解決策を見いだせず、すでに匙を投げてしまっているからだ。 だれも責任を取ろうとする者がいないまま、今も三峡ダムは放置されている。




 もし三峡ダムが地震の原因のひとつであるなら、今後さらに四川大地震のような大規模な地震が起きる可能性があるだろう。 そして大地震が発生したとき、原因を作った 「瀕死」 の三峡ダムは、果たして持ち堪えられるだろうか?

 万一、ダムが決壊するようなことがあれば、長江流域の広大な土地が洪水に見舞われ、穀倉地帯は壊滅して、数千万人の犠牲者が出るだろう。 長江の河口部にある上海では都市機能が完全に麻痺し、市民の飲み水すら枯渇してしまう。 そんな事態は想像するだけでも恐ろしい。

 三峡ダムが建設された当初、中国政府は 「千年はもつ」 と豪語したが、数々の難題が発覚して、わずか数年で 「百年もつ」 とトーンダウンした。 今日、巷では 「10年もつのか」 と危ぶむ声がある。

 「10年」 と区切るのは、かつて三峡ダムの建設に反対した著名な水利学者、清華大学の故・黄万里教授の言葉に由来している。

 戦前、アメリカのイリノイ大学で博士号を取得した黄教授は、建国間もない中国で黄河ダム建設の計画が進められたときに強く反対し、毛沢東から 「右派」 の烙印を押されて22年間の強制労働に追われた。

 1980年代に名誉回復した後、長江の三峡ダム建設が国家の議題にのぼると、中国政府に6度も上申書を提出して反対したが、鄧小平と李鵬首相( 当時 )に無視された。 黄教授が反対した理由は、21世紀の今日、私たちが直面している危機的状況を言い当てたからにほかならない。

 そして 「もしダムを強硬に建設したら、10年もたないだろう」 と警告した。 2001年8月、黄教授は病床で家族に向かって三峡ダムを見守りつづけるようにと告げ、 「どうにも立ち行かなくなったら、破壊するより方法はない」 と遺言を残した。 享年90。 中国の 「水利事業の良心」 と称えられる伝説的な人物である。

 




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