( 2014.11.07 )


 エコノミスト誌9月27日‐10月3日号は、中国の水不足について、現在実施中の世界最大の水移転プロジェクトによっても問題は解決しないだろう、と指摘しています。
“A canal too far” http://www.economist.com/news/china/21620226-worlds-biggest-water-diversion-project-will-do-little-alleviate-water-scarcity-canal-too

 すなわち、中国北部には中国全土の5分の1の淡水しかないのに、耕地の3分の2が集中している。 さらに、ここ数十年、急激な都市化と河川の汚染が進んだ結果、同地域は、慢性的な水不足に悩まされている。

 2002年に中国南部から北部に水を移す世界最大の用水プロジェクトが始動し、昨年、その第一段階が完了した。 これは1400年前に造られた 「 大運河 」 を拡張・掘削し、揚子江流域から天津まで水を運ぶものである。 この10月には、第二段階として、はるかに野心的でコストも要する、湖北省と北京を結ぶ新運河が開設される。

 しかし、新運河の建設によっても、中国の水不足は解消されない。 それは、人口増加、都市の拡大、工業化等で、水の需要が供給以上に拡大しているからである。

 最大の問題点は、中国政府が、水の供給量を増やすばかりで、問題の根源である水の需要問題に向き合おうとしないことである。 2009年の世銀報告書によれば、中国は単位当たり工業生産に、先進国平均の10倍の水を使っている。 これは、水が非常に安価なためである。 2014年5月に政府は水道料金を多少引き上げたが、市場レベルには程遠い。

 水の価格を引き上げれば、需要は抑えられ、効率的な消費が促されるが、役人はこうした解決策を嫌う。 彼らは、水の価格を引き上げて工業が逃げ出すようなことはしたくない。 住民の抗議にも直面したくない。 そこで、パイプや運河によって水をやりくりしようとする。 水移転プロジェクトは 「 政治権力の物理的証し 」 である。

 このままでは、いつか、チベット高原を横断して揚子江源流と黄河上流とをつなぐ大工事も始まるかもしれない。 そうした巨大プロジェクトによって、問題は先送りされ、解決に至ることはないのであろう、とエコノミスト誌は述べています。

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 中国の水不足は深刻であり、ことによると、大気汚染問題より深刻であると言ってよいかもしれません。 論説は、1400年前の隋の煬帝の大運河について言及していますが、中国の水問題は、まさに歴史的な問題です。 そして、今日とられている対策も、1400年前の煬帝と同じ発想に基づく、水の大規模移転に頼ろうとしています。

 現在、中国の一人当たりの水資源は世界平均の4分の1といいます。 中国は急速な経済発展を遂げるために、工業用の浄化システムを導入しないまま生産力だけを追求するなど、水資源を考慮に入れない産業政策を推進してきました。 また、工業を支えるエネルギー産業( 発電や石炭の採掘・加工 )においても、水資源の約20%を消費していますが、それは、先進国の4~10倍に当たります。

 現在の中国の水資源の問題は、まず、管理体制が、複雑な縦割り・地域割りになっているとの指摘があります。 水資源は、水利、環境、計画などの各部門によって管理されていますが、これが典型的な縦割り行政になってしまっています。 また、一つの河川について、上流・下流、主流・支流で調和のとれた管理がなされなければならないのに、水量の分配、治水、汚染防止などが行政区分ごとに行われており、管理上の不一致が多く発生しています。 さらに、同一地域内において、治水、灌漑、給水、汚水処理などが、ばらばらに管理されており、その結果、同一地域内でも農村と都市の利害などが調整されないことが少なくないようです。

 そして、中国の水の最大の問題が、需要の管理が行われていないことであるとの論説の指摘は、その通りです。 水が不足しているのに、価格が安いため、工業用にせよ、民需用にせよ、節約のインセンティブが働きません。

 中国にとり、縦割り・地域割りの弊害を出来るだけ排した水資源の管理体制の構築と、適正な価格設定による需要調整が、水問題における喫緊の課題です。 中国南部から北部に水を送ろうとしても、根本的解決策にはなりません。

 論説は、水価格の引き上げは政治的に難しいと指摘していますが、水不足がこれほど深刻な問題になっているので、大気汚染への強力な取り組みの例から考えても、指導部が危機意識を高め、政治的決断をして、管理体制の改善、水価格の引き上げの方向で、強権が発動される可能性はあると思います。 ただ、それでも、水問題が中国にとってアキレス腱であることに間違いはないでしょう。