( 2015.10.09 )
 

 退

「新たな大国関係」より「新たな冷戦」?
「習近平にドッグフードを喰わせろ!」。 中国の国家主席を、アメリカがこれほど冷たく迎えたことはなかった。 中国の主要都市で中国人と日本人駐在員に取材し、失速する中国経済の真相に迫った。

中国経済は発育不良

 9月25日、米ホワイトハウスでオバマ大統領と米中首脳会談に臨んだ習近平主席は、 「 中国経済は順調に7%成長している 」 と力説した。

 だが9月23日に明らかになった中国の製造業の景況感を示すPMIは、47.0ポイント。 リーマンショック直後以来の低水準となった。

 中国経済の本当のところはどうなのか。 中国に暮らす30人にナマの声を聞いた。
「中国の景気は悪いなんてもんじゃない。 以前は政府が、石橋を叩いて渡るような慎重かつ的確な経済政策を取っていたが、いまの政府が進めているのは、石橋を叩いて割る政策だ」 ( 南楠・食品卸会社社長 )

「多くの産業が生産過剰に陥っている。 そして、中国経済を牽引する投資、輸出、消費のうち、GDPに占める投資の割合が高すぎる。 これでは今後、多くの外資系企業が中国から撤退していくだろう」 ( 孟旭光・外資系企業中国総代表 )

「私は銀行員なので、普段からよく顧客の動向を見ているが、せっかく貯めた貯金を、株式投資でパーにしてしまった人がいかに多いことか。 こうした現状では中国経済は今後さらに悪化していくだろう」 ( 張微微・銀行員 )

「中国経済は、一言で言えば発育不良の状態だ。 そして財産を築いた人から、海外へ移住してしまう」 ( 趙夢雲・テレビ記者 )
 こうした中、9月にひっそりと、北京北東部に建つパナソニックのリチウムイオン電池工場( 従業員1300人 )が、閉鎖された。 日本企業研究院の陳言院長が解説する。
「このパナソニックの北京工場は、1979年に鄧小平が松下幸之助と建設を決めた外資系工場第1号でした。 パナソニックはこれまで先端技術でリチウムイオン電池を生産してきましたが、中国市場における電池の過当競争の波に揉まれ、もはや撤退するしかなくなったのです」

20年いて、こんなのは初めて

 パナソニックは、上海工場や山東工場なども閉鎖しており、中国事業を縮小する方向にある。 7月29日に発表した4月~6月期決算では、純利益が前年同期比56.9%アップの595億円と、完全復活をアピールした。 だがその陰に、創業者の松下幸之助が邁進した中国事業の縮小があったのである。

 陳言氏が続ける。
「シチズンは中国で二つの工場を稼働させていましたが、そのうち一つを閉鎖しました。 解雇された従業員は、1000人に上ります。 ニュースにもなりませんが、中小零細の日系企業は、人件費や家賃の高騰などで、撤退が相次いでいます」
 シャープ、ダイキン、TDK、ユニクロ …… と、2015年に入って次々と、中国工場の撤退もしくは一部撤退を始めた。

 8月12日には、天津で大爆発事故が発生。 その損失額は、730億元( 約1兆3700億円 )に上ると報じられた。

 現地に進出しているトヨタの自動車4700台がペシャンコになった映像は、日系企業にも衝撃を与えた。 同じく近くに工場を持つ日系大手化粧品メーカーの幹部が語る。
「わが社もあの爆発事故で、多大な損害を被りました。 事故を起こした天津瑞海国際物流公司に損害賠償請求を出しましたが、交渉は一向に進んでいません。 日本の本社ではこの事故を機に、天津工場の撤退を決断したのですが、天津市政府が認めてくれない。 中国事業は、まさに進むも地獄、退くも地獄です」
 日系企業が多い大連で日系の建設会社社長を務めるベテラン駐在員も、ため息交じりに語る。
「私は大連に20年以上住んでいますが、こんな不景気は初めてです。 資金繰りが悪化して工事を途中ストップするビルや、完成しても買い手がいない幽霊マンションが続出しているのです。
不景気のあおりを受けて、かつて1万人以上いた日本人は、もう3分の1規模です。 日本の駐在員仲間と話していても、取引先の中国企業が夜逃げした話ばかり。 全権を持つオーナーが、会社や従業員を置き捨てて、忽然と消えるのです。 大連に進出している韓国系企業も同じことをやっていますが、日系企業は律儀なので、損ばかり被っています」
 香港に隣接した深□で、日系企業向けコンサルタントを営む加瀬秀男氏も語る。
「深□の日系企業も、ビジネス環境の悪化にともなって、香港にオフィスを移す会社が相次いでいます。
最近の特筆すべき傾向としては、日系企業に勤める大卒社員の質の低下です。 考えてみれば、大卒の初任給が4000元( 約7万5000円 )で、同年齢の工事現場の作業員やレストランのウエイトレスの給料は、人手不足から5000元( 約9万4000円 )以上です。 親が一人っ子に多大な教育費をかけても、報われない社会のため、大卒の若者たちがヤル気を失っているのです」
 日系企業に起こっている 「 変化 」 について、中国日本商会の中山孝蔵事務局長補佐が解説する。
「今年に入って北京の日本商会から退会した企業は40社に上りますが、新規入会も32社あるので、撤退が相次いでいるとは一概に言えません。 ただ、中国ビジネスの縮小は確かに起こっている。
中国国内で生産して、先進国に輸出するというビジネスモデルが、もはや成り立たなくなってきているのです。 日本人駐在員向けのだだっ広いマンションは空きだらけで、北京日本人学校の生徒数も、数年前の600人台から400人台まで減っています」

軍事パレードで大損失

 中国日本商会は、毎年春に、『中国経済と日本企業白書』を刊行している。その2015年版には、次のような記載がある。  〈2014年における日本の対中投資は前年比38.8%減の43億ドルとなり、2年連続減少した。2012年には過去最高74億ドルを記録したが、2013年後半から減少基調が続いている。  今後1~2年の事業展開の方向性について、「拡大」と回答した企業の割合は46.5%(前年比7.7ポイント減少)となっている。2011年と比べると、拡大が大きく減少(66.8%→46.5%)した〉  こうしたデータを見ても、明らかに日本企業は中国市場から「引き」に走っていることが分かる。中山氏が続ける。  「加えて、9月3日の抗日戦争勝利70周年の軍事パレードのようなことがあると、首都の経済機能がマヒしてしまいます。この日本商会が入っているオフィスビルも2日間、立ち入り禁止になりました」  香港紙『リンゴ日報』の試算によると、習近平主席の時代錯誤的な軍事パレードによって、215億元(約4040億円)もの経済損失を出したという。  北京在住8年という産経新聞中国総局の矢板明夫特派員が語る。  「私の携帯電話には、日本から来た客を連れて行くため、高級中華料理の店の番号がたくさん入っていますが、このところ電話しても『現在使われていません』という音声メッセージが出ることが多い。つまり、高級レストランが続々潰れているわけです。  また、不景気で銀行利用者が激減しているため、銀行での待ち時間が、めっきり減りました。以前は2時間待ち、3時間待ちでしたが、いまは30分も待たないで呼ばれます。  それから地方出張へ行って痛感するのが、大型トラックが減ったこと。どの地方も景気が悪いのです」  思えば5年前は、石炭バブルに沸く内蒙古自治区オルドスから北京まで車列が続き、わずか200kmの距離をトラックで20日間もかかるという世界最悪の渋滞が話題を呼んだ。だがいまや、オルドスは中国最大の「鬼城」(ゴーストタウン)と呼ばれていて、行き交う車すらほとんどない。  こうした中国経済の悪化を、当の中国人たちはどう捉えているのか。  「患者と話していると、景気の悪い話ばかりだ。商売は上がったりだし、とにかく商品の物流が減っているという。中国経済がここまで悪化している最大の原因は、政府が金融の自由化を断行しないことだ」(柴歓・漢方医)  「私の周囲の人々の衣食が目に見えて粗末になってきた。一番の問題は、社会的に飛躍していくチャンスが、ますます狭まってきていることだ」(劉・ITデザイナー)  「教師の給料は上がらないのに物価は高騰する一方だ。そのため消費を切り詰めるしかなく、もはやちょっとした旅行さえ贅沢になってきた」(王貞樺・中学教師)

「新常態」という言い訳

 習近平政権の立場について、国務院(中央政府)の経済官僚である熊氏が説明する。  「習近平主席がアメリカ訪問でも述べたように、中国経済は悪化しているのではなく、『新常態』(ニューノーマル)という『新たな正常な状態』に移行したのです。新常態とは、高度成長から中高度成長へ、製造業中心からサービス業中心へ、そしてより環境に優しい節約型の成長へという移行です。その象徴である大型国有企業を改革し、新たな成長へと向かうのです」  湖南省の国有企業の経営者も語る。  「とにかく習近平主席の指示に従うこと。市場よりも党中央。企業経営の要諦はそれに尽きる」  国有企業は全国に1100社余りあり、国の基幹産業を握り、富の6割強を占めている。  熊氏が指摘した国有企業の改革に関しては、8月24日に習近平主席が「指導意見」(方針)を定めた。それは、国有企業の市場の寡占と、共産党の指導強化を謳ったもので、国民が期待した国有企業の民営化とは正反対の方向だった。  この「指導意見」が9月13日に発表されると、すぐさま市場が反応した。翌日の市場は失望感に覆われ、上海総合指数は2・67%も安い3114ポイントまで急落したのだった。  だが、こうした市場の反応を無視するかのように、国営新華社通信は9月17日、「私有化反対を旗色鮮明にしなければならない」と題した論評を発表し、習近平主席が進める社会主義の強化を後押ししたのだった。  上海ナンバーワンの名門校・復旦大学教授で、テレビニュースのコメンテーターとしてもお馴染みの馮�娘氏が指摘する。  「この新華社通信の論評には驚きました。確かに孔子も『富の分配が少ないことを心配せずに、分配が平等でないことを心配せよ』とは説いています。毛沢東時代も皆が貧しい公平な時代で、あの時代を懐かしむ人たちもいます。  しかし中国も含めて、どんな国でも経済が発展するということは、経済格差が生まれるということなのです」  馮�娘教授はその上で、中国が現在直面している経済状態について、次のように分析する。  「習近平主席は、アメリカを訪問する前日の9月21日に、『中国経済には下降圧力が存在する』と述べましたが、これは婉曲的な言い回しで、実際は真っ逆さまに落ちています。  私は常々、テレビや『微博』(ミニブログ)などで述べているのですが、中国経済の現状を判断するのに、経済学者の言うことを聞いたり、政府の経済統計を見たりする必要はないのです。  なぜなら、われわれ中国人にとって一番身近な二つの指標、物価と給料を比べれば一目瞭然だからです。私の周囲に、最近給料がものすごく上がった人は皆無ですが、誰もが物価の急上昇は体感している。  それを政府は、『経済の新駆動』とか『転換型発展』だとか、いろんな言葉を使って取り繕っていますが、要は『経済苦境に陥っている』という意味なのです」  馮�娘教授は、近未来の中国経済についても、悲観的にならざるを得ないという。  「中国が現在抱えている経済問題を、いかに解決していくかという道筋が、まったく見えてこない。低コストで製品を作って先進国に輸出するという経済モデルは崩壊したものの、それに代わる内需が拡大していないからです。  そのため、香港ナンバーワンの資産家、李嘉誠は、800億元(約1兆5000億円)もの資金を中国から撤退させようとしている。彼に代表されるように、外資の撤退が顕著になってきています。これでどうやって、中国経済が良くなるのでしょうか」

小学生の息子もアルバイト

 中国で辛口コラムニストとして知られる丁力氏も、中国経済の現状を嘆く一人だ。  「不動産バブルが崩壊したところに、株バブルも崩壊した。これは『雪上加霜』(泣きっ面に蜂)というものです。  3ヵ月くらい前までは、私の『微信』(中国版LINE)仲間の主な会話は株に関することでしたが、いまや株の話はタブーです。私の周囲にはこの夏、株で大損こいた人が大勢いて、その中の一人は、小学生の息子に放課後、西洋人参売りのアルバイトをさせている始末なのです」  今後の中国経済についても丁氏は悲観的だ。  「現在中国では、今後の中国経済について、急降下していくという見方と、穏やかに落ちていくという2通りの見方があります。私は前者だと思っています。  その理由は、主に4点です。第一に、今夏の株価暴落に対する政府の政策を見ていると、常に後手後手に回っていて、稚拙な対策しか打てていないからです。第二に、今後ますます国有企業による市場の寡占化が進んでいき、民業が圧迫されることは明白だからです。  第三に、習近平政権の極端な反腐敗運動によって、その副作用である官僚たちの『怠工』(サボり癖)が顕著になってきています。第四に、環境保全や社会福祉といった高度経済成長時代に先送りしてきた問題のツケが、今後一気に襲ってくるからです。こうしたことを勘案すると、どうしても楽観的な気分にはなれないのです」  上海人民出版社の曹楊編集長は、マスコミによる影響について語る。  「いま中国メディアは、中国経済に対する悲観論一色で、それを見た人々は、ますます将来を不安視するようになっています。確かにいまの中国経済は底に来ていて、しかも底はしばらく続くのかもしれませんが、中国経済が崩壊することはないでしょう。昨今のマスコミ報道は、煽りすぎです」  もう一人、南部の広東省を代表する高級紙『時代週報』の張子宇編集委員も、「負の連鎖」について語る。  「つい数ヵ月前までは、オフィスやマンションの1階でエレベータを待っている間にも、人々はスマホで株価に見入っていたものです。もはやそんな光景は皆無です。  中国経済を俯瞰すると、ほぼ全産業が沈滞する中で、IT産業だけが創業ラッシュに沸いている。それで猫も杓子もIT産業を目指し、それによって社会がさらにいびつで不安定になっていくという状況です。  そして経済が悪化すればするほど、毒食品を作る人が増えたりして、それがまた経済を停滞させる要因となる。つまりいまの中国では、様々な意味で、負の連鎖が起こっているのです」

食いつなぐのに必死

 張編集委員が指摘するように、IT産業は、いまや製造業に代わって、中国経済の唯一の頼みの綱と言っても過言ではない。9月22日から訪米している習近平主席は、「BAT」(バイドゥ、アリババ、テンセント)と呼ばれる3大IT企業の創業者たちを同行させた。  元日本銀行北京事務所長で現在、NTTデータ投資チーフストラテジーオフィサーの新川陸一氏(北京在住)が語る。  「中国のインターネットユーザーは、約6億5000万人もいます。IT産業の発展は目覚ましく、昨年の名目GDPの2割を超す規模に育っています。中国経済は当面、現在の『まだら模様の景気』が続くでしょうが、IT関連の消費が、景気下支え材料として続くと見ています」  前出の陳言氏も、IT産業に期待する一人だ。  「私のオフィスは『中関村』(北京のシリコンバレー)にありますが、付近の喫茶店は投資家と、アイデアを持った若者たちとの交流の場となっています。彼らは2万元(約38万円)くらいを手にして、次々に起業していくのです。  李克強首相が先日、『中国は1日1万社が起業している』と述べていました。日本は全国で600万社ですが、中国は2年で600万社が誕生しているのです。この活力に中国の未来を感じます」  他にも、少数ながら楽観主義者もいた。  「北京で日本料理店を経営しているが、折からの日本旅行ブームのおかげで、千客万来の状態。いま店舗を広げて改装中だ」(張煥利・日本料理店経営者)  「私の周囲は、7対3で景気のいい人が多いし、富裕層は相変わらず豪華な家に住み、高級車を乗り回している。中国はいまだに世界第2位の経済大国なのだし、IT産業に期待していいと思う」(陳旭・ファッションデザイナー)  「習近平政権は、今年初めから、毎月の年金を580元(約1万1000円)も引き上げてくれた。周囲も皆、ありがたがって、満足な老後を過ごしている」(李便新・大学名誉教授)  その一方で、今後のIT産業の発展に疑問を持つ向きもある。  「中国では『BAT』がサクセス・ストーリーの象徴のように持て囃されているが、バイドゥはグーグルの、アリババはアマゾンの、テンセントはホワッツアップのそれぞれパクリではないか。今がピークだろう」(呂之言・エッセイスト)  「IT産業に期待したって、そんなものはまた一つの新たなバブルに過ぎない。世界に通用する自主ブランドを作れない限り、中国経済の未来はない」(巴一・広告会社社長)  他にも、様々な職業の中国人に、中国経済に関するホンネを聞いた。  「中国経済が発展できないのは、実力ではなくコネばかりですべてが決まる社会だからだ。それでも、ギリシャよりはマシだろうが」(肖揚・広告会社勤務)  「政府の過度の金融緩和によって、インフレを招いた。それで製造業が打撃を受けたのだ」(毛傑・大学博士課程)  「中国の企業は、経営者と社員との関係が悪すぎる。このことが、中国経済が落ち込んでゆく最大の原因だ」(謝林玲・大型国有企業社員)  「3年前まで国有企業には手厚い福利厚生があったが、習近平時代になってすべて消え、初任給も毎年1000元ずつ減っている。それで優秀な若者から辞めていく」(胡麗芳・別の大型国有企業社員)  「中国人は、以前は懸命に働いて生活を向上させようとしていたが、いまや懸命に働いて何とか食いつなごうとしている。子供のいる家庭は悲惨だ」(孫江韵・設計士)  こうした声を総合すると、「習近平不況」はやはり当分、収まりそうにない。




           
中国の経済問題


2015年10月03日(土)
( 2015.10.03 )
失業者1000万人で、万事休す!
何をいまさら習近平「日本よ、助けてくれ!」
25兆円ブチ込んでも株価は下がる一方


 ド派手な軍事パレードで、散々日本に悪態をついた習近平主席が、経済失速で悲鳴を上げ、日本にすがろうとしている。 習近平政権は一体何を考えているのか。 この矛盾に満ちた大国のホンネを追った。

中国経済に対する疑心暗鬼

9月9日から11日まで大連で行われた「夏のダボス会議」。世界中から集まった多国籍企業のトップの気持ちを代弁するかのように、三菱商事の小島順彦会長が、北京から駆けつけた李克強首相に質問した。 「最近の中国の株式市場や債務に対するリスクが、世界の注目を一身に浴びています。中国政府はどのような金融改革を行う気なのですか?金融改革を進めるにあたって、具体的なスケジュールはあるのですか?」 壇上の李克強首相は、やや緊張した面持ちで答えた。 「最近、国際金融市場で発生している新たな波は、2008年の世界的な金融危機の延長線上にあるものだ。中国の株式市場は6月と7月に非常事態に陥ったが、政府がすでに適切な措置を取って、リスクの蔓延を防いだ。もはやシステミックな金融パニックは解消したのだ」 このように李克強首相は、必死に弁明したが、3日間にわたる討論は、中国経済に対する疑心暗鬼一色だったという。 長年参加しているEUの企業経営者が明かす。 「そもそもダボス会議というのは、毎年1月にスイスのダボスで行われる『経済界のサミット』ですが、今世紀に入って、議論の中心が中国経済の躍進に移ってきたため、'07年より毎年9月に中国で『夏のダボス』を開くようにしたのです。 ところが今年は、私も含めてですが、世界の企業経営者たちが、『中国発の世界恐慌が起こるのではないか』『中国の経済統計はどれもデタラメではないか』などと発言。中国政府の官僚や国有企業経営者たちに詰め寄る姿が、あちこちで見られました」

突然、握手を求められても

これに対して、中国側は、「中国経済は問題ない」と説明するばかりか、「攻勢」にも転じたという。日本人参加者が語る。 「われわれ日本人を見ると、中国の経済官僚や国有企業の幹部たちが、妙に優しく迫ってくるのです。『中日両国が肩を組んでこそアジアは発展する』などと言っては、慇懃な態度で握手を求めてくる。わずか数日前に、あんなにド派手な『抗日軍事パレード』をやっていた国とは思えませんでした」 同様の光景は、9月4日と5日にトルコの首都アンカラで行われたG20(主要国サミット)の財相・中央銀行総裁会議でも見られた。 会議に同行した日本の経済官僚が語る。 「今回のG20は、まさに中国経済の急失速に対する懸念一色でした。そのため、中国代表の楼継偉財政部長と周小川中国人民銀行総裁は、食事するヒマもないほど、各国から上がる疑念の声に対する火消しに追われていました。 ついこの間のギリシャ危機の時まで、実に偉そうな態度で、『最後は中国がパルテノン神殿を買ってやるからな』などと嘯いていたのとは対照的です」 そしてここでも、中国側から日本の官僚たちへのラブコールが相次いだという。 「6月に北京で3年ぶりの日中財務対話を開いて以降、日中の経済官僚同士の個人的な交流が始まりました。先日のトルコのG20では、そんな一人から、『今年中でなくても構わないから、日本に何とか早期にAIIBに加盟してほしい』と、非公式に頼まれたのです」(同・経済官僚) AIIB(アジアインフラ投資銀行)は、今年12月に、北京を本部にして発足する新たな国際開発銀行である。日米が中心になって1966年に創設したADB(アジア開発銀行)に中国が対抗し、57ヵ国を集めて、鳴り物入りで創設する。6月末には習近平主席が主催し、北京で盛大な設立協定の調印式を開いた。 だが創設前に早くも、うち7ヵ国が不参加となる可能性が出るなど、チャイナ・マネーの限界説が飛び交っている。ちなみに日本は、麻生財務相が強硬に反対したことなどによって、参加していない。アメリカも同様である。


中国経済の底が抜けた

これまで約70冊の中国関連の著作がある中国ウォッチャーの宮崎正弘氏が解説する。 「一言で言えば、いま中国は、焦っているのです。中国はもともと、自国のGDPを水増しして発表する習慣がありましたが、これまでは海外からの投資が相次いだため、ごまかせてきた。 ところが3年前に、大規模な反日暴動が起こったことで、日本企業が次々と中国から撤退を始めました。 急激な賃金上昇で、アメリカも手を引き始め、いままた南シナ海の埋め立て問題で、ASEANの企業が引き始めている。このため海外からの投資が激減し、中国経済は底が抜けてしまったのです」 たしかに今年上半期の対中投資は、前年同期比で日本が16・3%、アメリカは37・6%も減らしている。世界最大の経済大国と、中国に次ぐ3番目の経済大国が、中国から引き上げにかかっているのである。 北京の中国日本商会幹部も語る。 「俗に、日系企業2万3000社が1000万人の中国人を雇用していると言っていますが、いまはもう2万社を切ったかもしれません。 中国がGDPの増加にこれほどこだわるのは、GDPの増加イコール雇用の増加と考えているからです。このまま雇用が減り続ければ、ますます経済失速していき、失業者の増大が犯罪やデモを増やし……という悪循環に陥ってしまうでしょう」 こうした危機がヒタヒタと迫ってきていることは、習近平政権は百も承知である。そのため、中国国務院(中央官庁)はあらゆる手段を使って、経済崩壊の引き金となるリスクを孕んだ株価下落を防ごうとしている。 ゴールドマンサックスの試算によれば、この3ヵ月ほどで、中国政府が株価下支えに投じた金額は、2360億ドル(約25兆円)にも上るという。


習近平の本心

だが、市場は中国政府の改革をまったく信用していない。そのため、中国株の代表的指標である上海総合指数は、「レッドライン」と呼ばれる3000ポイントのすぐ上を「低空飛行」するばかりだ。 8月の貿易統計は、前年同期比で輸出額が6・1%、輸入額が14・3%も減らしている。製造業の先行きを示すPMI指数も、8月に49・7と過去3年で最低水準。また中国を代表する巨大国有企業の中国石油が、1兆元(約19兆円)を超す負債を抱えていることが発覚し、大騒ぎになっている。 こうした経済統計を見る限り、長く躍進著しかった中国経済は、完全にメッキが剥がれてしまったのである。 実際、数年前から「鬼城」と呼ばれるゴーストタウンが、中国各地で問題になってきたが、最近は都市部の「鬼商城」(ゴーストデパート)が深刻化している。消費がまったく伸びず、建てすぎたデパートが次々に倒産しているのだ。 この上、日系企業が引き揚げれば、1000万人の中国人が職を失うことになる。そこでさすがの「反日闘士」習近平主席も、背に腹は代えられないということで、日本企業の引き留めに躍起になっている。 中国経済の分析が専門のシグマ・キャピタルの田代秀敏チーフエコノミストが、そんな習近平主席の心情を推察して語る。 「これまで中国の製造業の牽引役となってきた自動車の販売台数は、7月に前年同月比で7・1%も減りましたが、日系メーカーだけは22・4%も伸ばしています。これは、日本の製造業へのラブコールです。 中国政府は5月に、『中国製造2025』という12ページからなる10年戦略をまとめました。それを読むと、中国お得意のパクリや企業買収ではなく、25年かけて地道に製造業を発展させ、『中国ブランド』を確立しようと書いてあります。 そうなると、日本企業の助力が絶対に必要です。 習近平は一方で、抗日軍事パレードをやりながらも、本心では『日本よ、中国の製造業を助けてくれ!』という心境なのです」


アメリカにフラれて日本へ

中国が日本に助けてほしいのは、製造業ばかりではない。 「中国政府は、アメリカ国債の『売り』に走りながら、一方で中国政府の資産運用機関である中国投資有限責任公司は、判明しているだけで116社もの日本企業の大株主になっています。つまり、日本は『買い』なのです。 特に、中国は'13年にサービス業が製造業をGDPで追い越しており、サービス業の育成に力を入れています。そこも、サービス大国の日本を、ホンネでは頼りたいのです」(田代氏) 前出の宮崎氏も続けて言う。 「習近平主席は、9月22日から国賓待遇で訪米しますが、受け入れる側のオバマ政権は、冷たく対応するつもりでいる。アメリカから悲しく帰国する習近平は、ますます日本に擦り寄ってくるでしょう。 ただ、プライドが高いので、絶対に『助けてください』と頭を下げることはしない。『両国で共同プロジェクトをやろう』と持ちかけてくるはずです」 日本経済が中国経済の動向に左右されるのも事実だが、世界の誰も中国を助けてくれなくなって、これまで散々コケにしてきた日本に助けを求める。日本からすれば、「何をいまさら」という気にさせられてしまう、まことに困った隣人である。