( 2015.04.15 )
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大気汚染の酷さは日本人駐在員の削減にもつながっている。

 市場がシュリンクし、人件費など事業コストの高い日本国内から海外へ活路を求める。 このところの日本企業のトレンドである。 ところが、こと中国に関しては逆向きの動きが起きている。 大手企業では、2月初旬にパナソニックが中国での液晶テレビ生産からの撤退を発表し、中小企業についても 「 中国からの撤退セミナーが大盛況だ 」 と、金融関係者やコンサルタントなどは口をそろえる。

 大きく波紋が広がったのが、2月5日に行われたシチズンの撤退だ。 突然の撤退通知によって一部の従業員が会社に押しかけるといった事態に発展した。 シチズン側に確認すると 「 解雇ではなく、会社解散の場合、1ヵ月前の通知義務はなく、事前に地方政府からも了解を得ており法的な問題はない 」 ( シチズン広報 )という。

 シチズンも今回の解散理由の一つにはなっているという通り、日本企業が中国から撤退する背景には 「 賃金の上昇 」 がある。 ただし、いざ中国から外国企業が撤退しようとすると、基本的に3つの同意が必要となる。
( 1 ) 合弁相手の同意
( 2 ) 地元政府の同意
( 3 ) 従業員の同意
 「 合弁相手には、日本企業の看板が外れることに難色を示され、地方政府の役人は、税収が落ち込めば自らの成績に悪影響になるため同意を拒む 」 ( コンサル関係者 )。 従業員については、仕事を失うことに抵抗することはもちろん 「 ゴネることで、経済補償金( 退職金 )の割り増しを狙う 」 ( 同 )こともあるという。


 

 2月下旬、2週間前に中国からの撤退が終わったという中小企業社長の夏目修さん( 仮名 )に話を聞くことができた。 製造業を営む夏目さんが中国からの撤退を決意したのは、賃金が上昇して採算が悪化したこともあったが 「 家族ぐるみで付き合うほど信頼していた従業員からの裏切られたこと 」 が主因になった。

 2000年代前半に中国に進出して事業が軌道に乗ると、日本の本社で15年働いていた中国人従業員Aを、現地会社の責任者に就けた。 あるとき不良品が目立つようになってきたので調べてみると、Aは自分の妻に会社を作らせたうえ、その会社を経由して質の悪い原材料を購入するようにしていた。

 「 はっきりとした姿勢を示さないと、彼らはどの線まで押せるのか、常に値踏みをしています 」。 Aに関係する人間は全て切ったものの、そのやり方を見ていた従業員がいる限り、第2のAが出てこないとはいえない。 疑心暗鬼に陥った夏目さんは、撤退を決意した。

 撤退にあたっては、焦らずに長期戦で臨んだ。 中国では進出した外国企業に対して 「 二免三減 」 という免税制度が適用される。 利益が出始めてからの所得税を2年間は免除、3年間は半額にするというものだ。 ただし、10年を経たずして撤退する場合、免税分の返還を求められる。

 夏目さんは、進出から10年間経過を待って撤退に向けて動き始めた。 地元政府との合意については、別会社を現地にもう1社持っていたため 「 すんなり同意はもらえました。 これが1社だけしかなかったらそうは行かなかったでしょう 」。 合弁相手からの同意は独資であるため必要なく、残ったのは従業員からの同意だった。

 夏目さんが選んだのは 「 従業員の同意が得られなければ操業を続ける 」 という姿勢をとることだった。 従業員に対しては次のように提案した。
「 不良品の増加で仕事量が減っているため、賃金を引き下げざるを得ません。 それでも皆さんが良ければ操業は続けます。 ただし、安い賃金で働き続けるのであれば、他の良い賃金で働かせてくれる会社に移動したほうが良いかもしれません。 そういう選択をする人には割増の退職金を付けます 」
 この提案後、150人ほどいた従業員は50人にまで減っていった。 ここまで従業員数が減ったところで、残った従業員も一度は退職を申し出た。 「 ところが、従業員のなかに扇動者が現れて、 『 もっと退職金をよこせ 』 というわけです 」。 しかし、ここで応じてしまえば、前に辞めた人まで噂を聞きつけて、積み増し交渉に参加してくる恐れがある。 夏目さんはグッとこらえて 「 皆さんが退職金の額に納得しないのであれば、操業を続けましょう 」 と返した。 そこから2ヵ月、操業を続けた。 経営者の固い決意を前にして、最終的には従業員側から退職願いが出された。

 撤退の原因を作った中国人従業員Aは、その後、まったく同業種の別会社を立ち上げて操業しているという。

 「 Aたちは、実際に仕事もできるし、人間的にも信頼できます。 ただ、彼らにはもう一つの側面があります 」。 つまり、 「 自分の儲けになることであればたとえ人を裏切ろうが、何でもする 」 ということだ。 日本人であれば 「 信頼できる人であればそんなことはしない 」 という発想になるが、中国人にとっては 「 それとこれとは別 」 ということになる。 まさにカルチャーの違いというほかない。


年 

 スズキで30年間、中国事業を担当した松原邦久さんは今年、 『 チャイナハラスメント ~ 中国にむしられる日本企業 ~ 』 ( 新潮新書 )を上梓した。 松原さんは、2004年当時の温家宝首相から 『 国家友誼奨 』 という、中国の発展に貢献した外国人に与えられる最も栄誉ある賞をもらっているほどの人だ。

 「 このところの日本企業を見ていると、中国に対する認識が甘すぎる 」 という危機感が募り、自ら筆をとり出版社に原稿を持ち込んだのだという。

 松原さんによれば中国人一般には 「 ルールを守っていたら自分が損をする 」 という発想があるという。 それは、中国人とビジネスをするなかで 「 どうして君たちはルールを守らないのか? 」 と苦情を言ったときに彼らから返ってくる決り文句だった。

 記者の取材経験からいっても、長期駐在や、取引などで付き合いが長い国に対しては愛着を持つビジネスマンが多いが、松原さんはそれとは真逆である。 「 知れば知るほど、彼らのことが嫌いになります 」 という。 といっても、松原さんは多くの中国人の友人を持つ。 彼ら個人ではなく、そのビジネス習慣やモノの考え方が好きになれないということだ。

 中国からの撤退について松原さんは 「 進出の時の手続きはスムーズに行きますが、逆になれば全ての手続きがスローになります 」。 松原さん自身、二輪車を生産していた会社を解散するときには 「 身を削るような 」 努力をしたという。 ただし、進出時の合弁契約書に 「 解散事由を明確にしておいた 」 ことで、相手側の契約違反を指摘することができ、なんとか会社を解散することができたと振り返る。 そして、いったん撤退すると決めたならば 「 最後は全てを捨ててもいいと腹をくくらなければ駄目です 」 と指摘する。

 ただ、人件費は上がっているとしても生産現場としてはもちろん、市場としても中国は、日本企業にとって大事であることに変わりはない。 そもそも、進出する際にコンサル任せにして正式な手続きを踏んでいなかったために、撤退の申請が出せず、潰すに潰せず、会社を休眠状態にせざるを得ない企業もあるという。 日本企業の側にも改善すべき点はある。 いずれにしても、中国にどうコミットしていくのかは日本企業にとって課題であり続ける。