( 2012.09.30 )

 



外観も窓ガラスが割れ、黒いすすで無残な姿になったミトクハーネスの中国工場、
山東省青島市
 反日暴動が荒れ狂った中国では、次の対日行動として経済制裁を求める声が強まっている。

 2年前の中国漁船衝突事件ではレアアース( 希土類 )の輸出を止めるなどして船長釈放を勝ち取ったと考えているようだが、とんでもない。 対日制裁は急に陰り始めた中国経済のハードランディングを早める “起爆剤” となる可能性が大きい。

 「中国の消費者が理性的に自らの立場や考えを表明しても理解すべきだ」。 中国商務省の姜増偉次官は13日の会見で日本製品ボイコットを容認する発言を行った。 その後の各地での日本企業の工場や百貨店などへの破壊行為は、文明国とは思えない惨状を呈した。

 それでも飽き足らないのか、中国各地の税関当局が日本から輸入する海運貨物の通関検査を厳しくする動きが広がり始め、中国メディアでも経済制裁を求める論調が相次いでいる。

 17日付の中国共産党機関紙、人民日報( 海外版 )は1面に 「中国はいつ日本に経済( 制裁 )の引き金を引くのか」 と題するコラムを掲載した。

 「領土問題で日本が挑発を続けるなら中国は必ず応戦する。 それも日本に大きな殺傷力を及ぼす標的の中心を狙って反撃する。 製造業、金融業、戦略物資の輸入など全てが対象だ」 とすごんでいる。

 同紙系 「中国経済周刊」 誌は経済制裁で中国が影響を受けることを認めつつも、 「日本への打撃がはるかに大きい」 と強調する。

 その根拠として 「中国の総貿易に占める対日比率は10年で約半減( 2002年の16%から昨年9% )したが、日本の対中輸出比率は20%に上昇」。 逆に 「中国の対日輸出比率は8%に下がった」 と指摘している。

 中国にとり日本の存在が軽くなるのに対し、日本の中国依存は強まる一方だから、 「経済戦争の勝者は中国」 というわけだ。

 果たしてそうか。昨年の対日貿易比率は9%でも、中国は世界への輸出を支える ( 1 )半導体や発光ダイオードなどあまたのハイテク製品の核となる素材や部品 ( 2 )その品質を高める工作機械や各種計測機器 ── などの多くを日本からの輸入や現地生産に依存している。

 中国は従来の鉱物資源や食料などの1次産品から工業製品への輸出転換を急速に進めているが、その土台は日本が支えているといっても過言ではない。

 この現状下で経済への先行き不安が急速に強まっている。 地価・労賃急騰などで外国企業の対中投資は1~8月累計で3.4%減った。 常に一歩遅れる日本企業だけは19%( 1~7月 )も増やしていたが、暴動を機に急減は必至だ。

 世界景気の低迷で8月の輸出は前年同月比2.7%増と、2割以上の伸びを続けた過去とは様変わりだ。 中国の今後を危ぶみ始めたためか資本流出も始まり、4~6月の外貨準備高は20年ぶりに減少に転じた。

 政府は9月に入り1兆元( 約12兆円 )の公共事業投資を追加するなどして、7.5%の成長目標達成に懸命だ。 しかし政府投資とともに成長の両翼だった外資導入と輸出がこのありさまでは、決して楽観できない。

 各地のデモ・暴動では、毛沢東の写真や肖像画を掲げたプラカードがあふれた。 共産党政権の腐敗・堕落や激しい所得格差への民衆不満も爆発寸前だ。

 対日制裁にかまけていると経済失速はおろか、体制を揺るがす事態も招きかねない。





( 2012.09.27 )

 



中国山東省青島で、暴徒化したデモ隊に襲撃され略奪を受けた日系スーパー
 中国で日系企業が 落札済みだった受注案件が突然キャンセル されるなど、日本政府による沖縄県の尖閣諸島国有化への対抗措置で “いやがらせ” とも受け取れる間接的な被害が広がっていることが26日、日本貿易振興機構( ジェトロ )の調査で分かった。

 ジェトロ北京事務所は 「長期化、広範化すれば大きな損害に結びつく」 とみて、企業関係者に注意を呼びかけている。

 調査は11日の尖閣国有化後に暴徒化した反日デモを受け、北京や上海など各地の日系企業で構成する経済団体を通じて行われた。 報告を受けた企業名や被害件数などは公開していない。

 間接的被害で深刻なのは、中国の地方政府や国有企業による取引停止などの措置。 落札済み案件キャンセル被害に加え、 ( 1 )日系企業からの資材や製品の調達を凍結すると通告された ( 2 )日本人との面談が禁止され営業活動に支障が出た ( 3 )合弁相手先が日本人駐在員の就労ビザ申請に必要な招聘状発給を拒否した ── などの問題が報告されている。

 暴徒化したデモ隊に破壊された山東省青島の大型スーパーなど直接被害や輸出入の通関検査強化、日本製品の不買運動などの動きは明らかになっているが、商業取引現場での被害がまとめられたのは初めて。

 店頭で日本製品を販売する要員の募集に人が集まらないなど、日系企業が敬遠され始めた実態も浮き彫りになった。

 ジェトロでは 「間接被害に関して( 対日経済制裁など )組織的な指示があった形跡はないが、民間経済に国家の関与が強い社会だけに、注意深く観察する必要がある」 として、国慶節( 建国記念日 )の大型連休が明ける来月8日以降、改めて被害実態を調査する方針。

 内陸の職業訓練校が日系企業への学生就職紹介を拒否し始めたとの別の情報もある。





( 2012.09.22 )

  



中国の鄧小平副総理(当時、中央右)と握手を交わす松下幸之助氏(中央左)
 嵐のような1週間だった。 日本政府による沖縄県・尖閣諸島の国有化に抗議し、中国全土に吹き荒れた反日デモ。 現地に進出する日本企業が標的となり、パナソニックの工場も設備などが壊され、一時休業を余儀なくされた。

 中国では改革開放路線の黎明期、 鄧小平氏の求めに応じ、 日本の製造業では戦後初めて中国進出を決めた同社創業者の松下幸之助氏は 「井戸を掘った人」 とたたえられてきた。 その恩人の工場を襲った反日デモは、かつての最高実力者の顔に泥を塗ったことにもなる。




 「歴史を知らない一部の方が被害をもたらしており、非常に残念だ」。 幸之助氏の孫で、パナソニック副会長の松下正幸氏は落胆の表情を浮かべた。

 中国と同社の歴史は、まだ松下電器産業だった昭和53年10月にさかのぼる。

 日中平和友好条約の批准書交換のため来日した鄧氏が大阪府茨木市の同社のテレビ工場を見学したのが原点だ。 ときあたかも、中国が改革開放路線を宣言する2ヵ月前。 当時副首相の鄧小平氏はホスト役の幸之助氏にこう切り出した。
「あなたは “経営の神様” と呼ばれていますね。 中国の近代化を手伝ってくれませんか」
 幸之助氏は 「できる限りのお手伝いをします」 と応じ、交流がスタート。 翌54年には幸之助氏が訪中して鄧氏と懇談し、北京駐在員事務所を開設した。 62年にはブラウン管製造の合弁会社を北京に設立し、日本企業で戦後初の中国への工場進出となった。




 中国が外資を誘致し、外国の資金と技術ノウハウを使って中国経済を成長へと導いた時代。 同社も次々と現地で合弁会社の設立を進めるなど経済成長の功労者と位置づけられ、幸之助氏は 「井戸を掘った人」 とされてきた。 パナソニックと社名変更した後も中国だけは現地統括会社の中文( 漢字表記 )社名として 「松下電器( 中国 )有限公司」 を使用しているのも現地での認知度と好印象が浸透していたからだ。

 幸之助氏と鄧氏の最初の出会いから30年後の平成20年5月。 来日した胡錦濤国家主席が大阪府門真市の松下の本社を訪れた。

 このとき胡主席は、出迎えた松下正治氏( 当時名誉会長 )に歩み寄ると、 「幸之助氏の “支持” は永遠に忘れることができない。 中国の発展に尽くしていだたき、ありがとうございます」 と感謝の言葉を語った。 2代目社長の正治氏は幸之助氏とともに鄧氏を出迎えた1人。 胡氏の振る舞いは 「井戸を掘った人を忘れない中国」 をあらためて印象づけた。




 中国は今、鄧氏が主導した経済政策の結果、国内総生産( GDP )世界2位を実現した。 日中の立場は逆転しつつあり、中国側には 「もう日本に配慮しなくてもいい」 という態度が目立つ。

 





( 2012.11.18 )


 「あのとき暴徒化したデモ隊がなぜ、青島や蘇州などでパナソニックの工場を襲撃したか知っていますか?」。 ある中国人研究者はこう言って記者の反応をみた。

 日本政府の沖縄県・尖閣諸島国有化に抗議した反日デモが中国各地で吹き荒れてから2ヵ月。 多数の日系企業が被害を受けたが、満州事変の発端となった柳条湖事件から81年を迎えた9月18日に少なくとも125都市で起きたデモを境に “嵐” はぴたりと止んだ。

 デモの組織も抑制も、中国当局による何らかの指示があったとみるのが自然だろう。 ただ、それならばなおのこと、中国が改革開放にカジを切ったばかりの1978年、副首相だった鄧小平氏からの要請で、中国への進出と技術供与をいち早く決断した故松下幸之助氏が創業者のパナソニックに対する破壊行為は、理解しがたい。

 ただ、研究者は 「釣魚島( 尖閣諸島の中国名 )問題で強硬姿勢をとる野田佳彦首相や前原誠司・国家戦略担当相は( 幸之助氏が79年に創設した )松下政経塾の出身者だ。 暴徒にパナソニックを襲撃させて野田首相を攻撃する。 これが共産党の手法だ」 と解説した。




 しかし、同社以外にも日系自動車販売店や大手スーパー店舗、日本料理店などもデモの餌食にされたが、必ずしも民主党政権とは関係ない。 パナソニック工場の襲撃は偶発的だったのではないか。

 そういぶかると、研究者は偶発性は認めながらも、 「比較的、親日的で日系企業と地元の関係が良好だった青島で、住民に人気だったイオングループの店舗まで甚大な被害にあったのはなぜか。 やはり、民主党政権の岡田克也副総理がイオン創業家の出身であることに関係が深い」 と畳みかけた。

 民主党政権への攻撃をどこまで計算した反日デモだったのか確かめるすべはないが、暴徒襲撃など想定外だった日系企業を襲い、それによって日本に対する政治圧力を加えようとした可能性は排除できない。 雇用や輸出など日系企業の貢献度など経済合理性より、政治問題が優先される異質な国であることを改めて認識させられた。




 反日デモに前後し、中国外務省の洪磊報道官らは連日、日本政府による尖閣国有化が 「中国人民の感情を著しく傷つけ、激しい怒りを招いた」 などと発言。 暴徒化による襲撃被害も含め、 「すべての責任は日本が負うべきだ」 と一方的に日本を非難した。 にわかには理解しがたい責任論を中国はことあるごとに持ち出すが、愛知大学の樋泉克夫教授は、 「その思考方法は戦前からあった」 と話す。

 樋泉教授の研究によると、1938年出版の 「支那事変 戦跡のしおり栞」 ( 陸軍恤兵じゅっぺい部編 )に収録された中国民族研究家、中野江漢こうかん( 1889~1950年 )の洞察 「支那の話」 に、すでに登場する。

 中野は、 「どうして日支( 日本と中国 )は疎遠したか」 と語りかけ、 「然らば 『日支依存』 や 『共栄共存』 は、果たして実現されているかどうかというに、日支親善の実はなんにもなっておらぬのである」 と断言。 「( 中国側が )日支不親善の責をみな日本に帰している」 と指摘していたという。

 70年以上も前の中野の目に映った中国人の思考は ( 1 )日本は忘恩国で弟としての礼を尽くさぬ ( 2 )日本は支那に対して侵略的である ( 3 )日本の対支政策は一定せず当てにならぬ ( 4 )日本は欧米依存である-だった。 さらに、反日意識の背景として ( 1 )日本への嫉妬心と猜疑さいぎ心 ( 2 )以夷制夷いいせいい( 第三国を利用して他国を抑える )政策 ( 3 )国内統一のため排日を扇動する ── と指摘した。

 これについて樋泉教授は 「現在の中国の対日姿勢に恐ろしいほど重なる」 とみる。 日清戦争( 1894~95年 )、1937年に始まった日中戦争と、その後の不幸な戦争の歴史で固定化された対日観念がいまも “遺伝子” に潜む。

 中野の洞察力を借りれば、 「すべての責任は日本にある」 との独断論は、日本が 「弟として礼を尽くさぬ」 と考える大国主義や中華思想に基づくものではないか。




 中国は共産党大会を経て10年ぶりに最高指導部が交代。 15日に開かれた第18期中央委員会第1回総会( 1中総会 )で習近平総書記の新体制が発足した。 しかし、尖閣を 「領土紛争」 として日本政府に問題の存在を認めさせようとコブシは振り上げたまま。 対日姿勢に何ら軟化や好転の兆候はない。

 仮に総選挙を経て日本で政権が交代しても、中国は 「礼を尽くせ」 と戦前からの独断論をふりかざし、 “次のパナソニック” を狙って、政治的な揺さぶりをかけてくるのは必至だろう。 いかに中国経済に尽くそうとも、約2万社の日系企業と13万人の在留邦人に対する日本側の危機管理は怠れまい。