( 2012.09.19 )

 

 2012年9月17日、作家の楊恒均ヤン・ヘンジュン氏は、 「 デモの混乱は中国人の素養の低さによるものではない 」 と題したブログ記事を発表した。 以下はその内容。

 中国人は憲法に基づきデモの権利を行使し、日本の軍国主義に対する憤慨と愛国心を示した。 このことは理にも法にもかなっており、その内容や賛否を問わず、憲法の保護を受けるべきであることはご存知の通りだ。 私も韓国や日本で同じようなデモを目にした。 日本では右翼が軍国主義の復活を訴えていたが、そのようなデモでさえ、憲法の保障を受けている。

 ここ数日の反日デモでは暴力や破壊行為が起こったが、このような行為は取り締まりの必要がある。 釣魚島( 尖閣諸島 )危機は日本が引き起こしたものであり、道理、道徳の上で中国に分があるが、日本国内では人々の安全が保たれている一方で、中国では暴力行為が起こり、小規模事業者の財産が失われ、中国は少数の愛国者による極端な行為によって引き裂かれている。

 もちろん、愛国を犠牲にすべきではないが、だからといって少数の極端な行動があったからといってデモそのものは否定するべきではない。 デモでの暴力行為をもって、デモそのものを否定して中国人の素養を貶めようとする者までいるが、このような状況が続けば、中国人にはデモを行う権利をも不要だと主張し、基本的人権を剥奪するための根拠にもされかねない。

 デモを行うべきでないと考える者、知識人の中には釣魚島の帰属に関心を示さない者もいるが、環境問題や私有財産の不可侵、言論と出版の自由といった個人の権利には誰もが関心を持っているはずだ。 だからこそ、デモを行った愛国者を理解し、支持するべきだ。

 

 西側のデモは発起人や組織が存在し、申請から行進のルートまで警察と協力している。 秩序の維持にまで責任を負い、秩序を破る人間を追い出すこともある。 10日の間にわたった香港の反洗脳デモにしても、秩序はしっかりと保たれていた。

 素養とは実践の中で高めていくものではないだろうか。 普段から一切のデモを許さなければ、素養など高めようがない。 デモをする若者は、デモが国民の権利であることを知らないが、法を遵守することも国民の責任と義務なのだ。 これこそが最も重要な 「 国民教育 」 であり、それを知らずして香港に広めようとするなど馬鹿げている。

 一部知識人は、暴力行為を国民の素養の低さに結びつけて悲嘆しているが、それを見た私も嘆きたい気分になる。 普段は市民社会や権利を主張する知識人が、デモの光景を目の当たりにした途端に、素養という落とし穴にはまっている。 一を知って二を知らずと言うべきか、中国のことは知っていても西側で行われている各種デモについての知識が不足している、あなた方の素養こそ高める必要がある。

 中国はこれまで市民社会を抑圧し、NGOなどを認めてこなかった。 しかも、事前申請したデモはほとんど許可されない。 その結果、今回の愛国デモは名も知らぬネットの人物が発起し、大部分の 「 純粋に自発的 」 な参加者は、何をすべきか、何を遵守すべきか、目的は何かもわかっていない。 無責任な烏合の衆はコントロールを受けやすく、愛国のエネルギーも失われる。 そして、少数の悪人が混じるようになる。

 これらはすべて市民社会を頼みとして、自発的な市民組織によって取り除かれていくものだ。 デモでの暴力行為を素養の問題としてはならず、ましてやデモの権利を否定してはならない。 この状況は、国の政治制度に関係するもので、政府が責任を取り、真剣に反省するべきだ。市民社会を健全なものとし、市民組織であるNGOの設立を認めて釣魚島を守り、私たち個人の権利を守れば、中国の未来はさらに良くなるだろう。