中国にとって尖閣は、日本を攻撃する 「大義名分」 だ。 歴史を捏造する国も、謝罪するだけの国も、文明国ではない。

中国の反日、韓国の反日


 9月下旬のいま、韓国の反日デモは沈静化しつつある。 中国の反日デモも峠を越したかのようである。
 中国の 「反日」 は古くからのものではない。 毛沢束も周恩来も 「反日」 ではなかった。 胡耀邦、趙紫陽は、むしろ親日であった。 中国が 「反日」 に転じたのは、江沢民以降のことである。 市場経済の導入によって、共産党の一党独裁の根拠が消滅し、共産党は存立の危機に直面した。 新たな支配の正当化の根拠を模索した共産党は、それを排外主義的ナショナリズムに求めることにした。 ナショナリズムは、 「民族の敵」 の存在によって高揚する。 かくして、 「反日」 が愛国主義的教育の核心とされるようになった。 「反日」 の実効性を上げるために、さまざまな歴史の握造が行われた。 「南京大虐殺」 はそのなかの一つである。
 韓国における 「従軍慰安婦」 も歴史摸造の所産である。 80年代に日本の吉田清治氏が 「私の戦争犯罪」 を刊行するまで、 「従軍慰安婦」 が語られることはなかった。 この本について、吉田氏自身、のちにその内容が創作であったことを認めている。 韓国はこのような事情を知りながら、これを利用して日本攻撃の武器としている。 従軍慰安婦問題は歴史摸造の一端にすぎない。
 中国、韓国の 「反日」 のもう一つの共通点は、日本の国家主権の侵犯である。 領土問題はいうまでもないことであるが、教科書問題、靖国問題も明らかな内政干渉である。 そして大使館侵入、また国旗損壊の問題も日本の国家主権に対する冒涜である。
 このように中韓両国の 「反日」 には共通するところが多いが、決定的な相違点があることに留意する必要がある。
 中国の 「反日」 は、共産党独裁体制の生命線である。 いまや、 「反日」 がなければ一党独裁を維持することは困難になりつつある。 これに対して、韓国の反日は当該政府の人気取り政策、延命策にすぎない。
 現在の日本が、日中、日韓の関係において外交上の危機にあることは明らかである。 いずれの関係も重要であるが、重要性の程度において両者を同一にみることはできない。 尖閣問題においては、中国が強硬手段に出る可能性もないわけではない。 尖問問題について中国はこれをどのようにみているのであろうか。


尖閣問題は領土問題ではない


 尖閣諸島に対して中国が領有権を主張するようになったのは、1968年、国連の調査によってその海底に石油などの地下資源が豊富にあることが明らかになった後のことである。 日本の論者はこの点を重視して尖閣問題の本質を海底資源の問題と考えてきた。
 しかし、アメリカの識者において、これとは別の見方が示されている。 米国議会の米中経済安保調査委員会において、数年前、中国が自国の国家主権をどのように考えているか、領土紛争についてどのような考え方をしているか、をテーマとする公聴会が聞かれた。 この席で、中国の海洋戦略の専門家として知られているピーター・ダットン教授が注目すべき報告を行っている。
 この報告において、尖閣問題によって中国が 「領土奪還」 を名目にいつでも日本を攻撃しうる口実を人手したという点が指摘されている。 これを 「尖閣カード」 ということができよう。 日本を攻撃しても 「領土奪還」 という大義名分があるので 「侵略戦争」 の汚名を回避しうることになった、とされるのである。
 このカードの用途はまことに広く、ユースフルである。 中国共産党がもっとも怖れているのは、アメリカでもなく、ロシアでもない。 自国の国民である。 中国の人民が共産党の独裁政治を拒否すべく立ち上がったとき、共産党の命運が尽きることになる。 このことは、1989年の東欧の経験によって明らかである。 ルーマニアのチャウシェスク政権は、国民の蜂起の4日目には崩壊した。 しかし、現在の中国においては、民主化の波が高まり、共産党の一党支配に危機が生じたとき、共産党政府は、この 「尖閣カード」 を切ることができる。 これによって、民主化を求める国民のエネルギーは、対外的な攻撃のパワーに転化することになる。


尖閣から沖縄へ


 この力ードには、第二の効用がある。 アメリカの反応をさぐることができるのだ。 たしかにヒラリー国務長官は、尖閣諸島も日米安保条約の適用のなかに含まれる旨を言明している。 しかし、米軍出動の条件、そして出動の形態について明らかにされているわけではない。 中国は尖閣諸鳥への攻撃により、アメリカ軍のリアクションをみることができる。 その反応いかんによっては、台湾に対するこれまでの政策を一気に変更することもありうる。
 いずれにせよ、中国がこのカードを切るときば、日米安保の絆が緩んでいると判断したときである。 沖縄の基地問題、オスプレイ問題などは、中国にそのためのチャンスを与えることになる。 これからさき中国は、日米の離間を目的として、左翼マスコミ、左翼知識人への働きかけをますます強めてくるものと思われる。 中国がハリウッドにおいて、 「南京大虐殺」 の映画を作成した目的も、日米の離間にあるとみることができる。
 かりに尖閣諸島の軍事占領に成功したとすれば、中国のつぎのねらいは沖縄である。
 ちなみに、尖閣諸島が占領され中国が沖縄の領有を公式に主張するようになったとき、米中の冷戦は本格的なものになる。 そして沖縄は、中国の核攻撃の不断の危険に曝されることになる。 アメリカがその圧力に耐えかねて沖縄から撤退するとき、東シナ海、南シナ海のみならず、西太平洋も 「中国の海」 になる。 この時、民主党の年来の主張である 「東アジア共同体」 が実現することになる。
 このように、尖問をめぐる問題は、予断を許さない状況にある。 これに対してどのように対処すべきであろうか。 中国側における事情についてはさきに触れた。 つぎに日本側の問題点をみることにしたい。


第三の 「反日国家」


 このところ連日のように中国、韓国から非難され、罵倒されている。 日本は国際社会でよほど嫌われているかのようであるが、そうではない。 「反日国家」 は、世界でもこの2ヵ力国だけである。 北朝鮮は反日的ではあるが、 「反日国家」 というわけではない。 北朝鮮には 「反日」 を国是とすることができない事情がある。 「反日」 のスローガンは、ナショナリズムの暴発をひきおこす。 ナショナリズムは 『民族』 を至高の価値とする。 それは激流となって、 「社会主義の大義」 を押し流すことになる。
 中国、韓国、北朝鮮を別にすればアジア諸国は、反日どころか、すべて親日である。 しかしながらあえていえば、第三の 「反日国家」 がないわけではない。 それは日本である。
 日本において、マスコミが中国の一党独裁政治、覇権主義を批判することはほとんどない。 韓国における歴史の握造を批判することもほとんどない。 朝日新聞、NHKなどにみられるように、マスコミには 「反日」 の傾向がみられる。 また、教育においても、 「反日」 の傾向が顕著である。 摸造された 「歴史」 が教科書に相変わらず載せられている。 「南京大虐殺」 は、歴史上の事実として記載されている。 さすがに 「従軍慰安婦」 の言葉は用いられなくなったが、間接的な表現でその存在が記載される例がある。 反日的傾向は日本史全体に及んでいる。 たとえば、豊臣秀吉の朝鮮出兵は 「朝鮮侵略」 と明記されるが、鎌倉時代の元寇については 「日本遠征」、 「上陸」 とされるのみである。


反日学者の暴論


 中国問題の専門家においても 「反日」 は健在である。 日本の国連常任理事国人りに反対して、2005年に、中国各地で大規模な反日デモがくり返された。 日系企業や日系スーパーのみならず、大使館、領事館も、暴徒と化したデモ隊の攻撃に曝された。 警察はこれを阻止せず、暴徒のなすがままに放置した。 在外公館の警備に万全を期すことは、その国の国際法上の義務である。 この時の中国の行動には、国際法に対する重大な侵犯行為をみることができる。 中国政府は、このような状況のなかで 「中日関係に今のような局面が生じている責任は中国にはない」 と述べている。 反日デモの責任はすべて日本にあるとの趣旨である
 この反日デモに対する日本の専門家の評価は2つに分かれた。
 第一の立場にあっては、つぎのように主張される( たとえば、中西輝政 「文蔀春秋」 83巻8号 )。
 反日デモは、長年の反日教育と政府による情報操作の結果である。 これらによって、中国の民衆は、偏狭な反日思想に導かれた。
 これに対して、第二の立場にあっては、反日デモの原因と責任は日本にあるとされる。 たとえば、坂元ひろ子氏は、反日デモの原因として日本の 「軍事面でのプレゼンスの増大」 を指摘する( 「現代思想」 33巻6号 )。
 緒形康氏も反日デモの原因と責任は日本にあるとしてつぎのようにいう( 「現代思想」 33巻6号 )。 日本において、憲法改正が論議され、国連常任理事国入りが議論されている。 これらの動きは東アジアの平和と安定を損ないかねない危険性をもつ。 中国民衆は、それを 「反日デモ」 というかたちで表現してくれた。 反日デモの参加者たちは、日本は 「そんな道を歩むべきではない」 という 「力強い意思表示を私たちの前で明らかにしてくれ、街頭でカー杯意思表示を繰り広げてくれた」。
 両者の見解の荒唐無稽ぶりには驚くばかり であるが、これが中国問題専門家の、少なくとも半数の意見である。
 坂元氏は、日本の 「軍事面でのプレゼンスの増大」 が反日デモの原因であるとして、デモによる暴行や破壊行為の責任を日本にあるとする。 しかし、ここ十数年間の中国の軍備増強をみれば、このような主張が成り立ちえないことは明らか である。
 緒形氏の所論には、さらに驚かされる。 中国民衆は、 「反日デモ」 という形で日本の誤りを指摘してくれているのだ。 日本人は、反日デモの参加者に感謝しなければならない。 中国政府はデモ隊の暴力行為、破壊行為を故意に見過ごしたが、これは日本の誤りをただすためのものだ、したがって、日本人は、中国政府の好意に感謝しなければならない、というのである。
 ところで国内法のみならず、国際法をも軽視して、自国の利益を優先させる中国の態度には中華思想のなごりをみることができる。 坂元氏、緒形氏の発言においても、国際法の軽視と中華主義をみることができる。 両者の発言は、基本的に中国政府と立場を等しくする
 ここで2名の論者を紹介したが、この2名がとくに特異の意見を主張しているわけではない。 むしろ日本の 「反日」 知識人が考えていることを整理したにすぎないとみるべきである。 反日知識人の暴論は、中国問題に限られるわけではない。 歴史学、政治学、法律学においても同様の傾向を示している。 日本はまさしく第三の 「反日国家」 である


中国の反日、韓国の反日


 中国、韓国は、他国の国家主権の侵害をくり返し、またみずから捏造した 「歴史」 を武器として他国への攻撃をくり返している。 これを文明国ということはできない。